鈍感
★
「おいしい」
薬袋的と鮎川小次郎は行きつけの喫茶店にいた。フォークでチーズケーキに切り込みを入れて口へと運ぶ。どうやら甘党らしい。こんな頬を緩ませて糖分を摂取する人間を始めてみた。
「どう? おいしい?」
「あーまあまあ」
値段が張っているので美味しいのは間違いなのだが、小学生を男が連れ出すというのは倫理的に駄目な気がする。あの祖父が誘拐の通報をするとも思えないが。私は実験の要だと言われているので、その気になれば全権力を持って奪い返しにくるだろう。自己利益の為に。まあ、あまり犯罪犯罪と騒ぎ立てるのも阿保らしい。
それに……あの悪霊はまだ付いてきている。そろそろ申し出に従って諦めてくれる頃合いだと思うのだが。
「お前の背中に張り付いている悪霊は、まだ消えていない。私の言う事に従わない場合は珍しくないけど……ちょっと危ないかもな」
その言葉を聞いた途端にメモ帳に筆を走らせる。
「悪寒とか嫌な感じとか、誰かの目線とか、そんな感触はないのか?」
「え? ないよ」
たぶんこの男が異常なまでに鈍感なのだと思う。霊感が全くない薬袋的の逆バージョンのような人間は多数存在する。しかし、この男の場合は私生活からおかしい。生きている人間の目線も気にならない……と言った類な気がする。平たく言うと空気が読めないというか。
「恥ずかしい事を言うようだが、私はジャンヌダルクの生まれ変わりじゃないぞ。私はただの……見えてはいけない物が見える人間だ。本当にそれだけなんだ」
そもそも輪廻転生なんて本当にあるのだろうか。死後に魂が残った人間を何度も見て来たので、人間の意識というか人格という物を……信じられない。
「うん。それじゃあ……君は今までどんな経験をしてきたの?」
一気にアイスコーヒーを飲み干した。楽しそうな笑顔だ。自分がいつも見ている祖父の病気がかった狂気的な笑顔ではない。本当に楽しそうな笑顔。ため息をついて口を開く。
「何もしていないよ。ただ……気が付いたら何かが集まってきていた。もう意識を持った瞬間には……アイツらはそこにいたんだ」
薬袋的に両親はいない。もう不自然な死を遂げている。父親は医者じゃなかった。医師になれという祖父の指示を無視して、自分の好きな職に就いた。母親はそんな父親についていった。薬袋的が生まれて……そして死んだ。病院関係者は何故か死なないのだが、それ以外の人間は幾度となく不自然に死んでいった。
まず、担任の先生が死んだ。理由もよく分からないのだが、意味不明なことを散々話して、今までの自分の咎を暴露して、身体中が傷だらけになって死んだ。死因もよく分からない。次から次に人が死んでいく。それが原因で学校にも通えなくなった。次に誰が死ぬか分かったものじゃない。
「私はあの病院から出てはいけない。あの病院から出て行けば……また誰かが死ぬ」




