人類
「初めに言っておく。もう一刻の猶予もない。我々はこの世界に、この地球に、いや……この時代に閉じ込められた。これが世界最強の悪霊が織り成す閉鎖空間だ」
無限空間に閉じ込める。狭い部屋から脱出不能にする。神隠しを引き起こし森林から脱出不能にする。この空間に閉じ込めるという手法はさして珍しくない。悪霊の常套手段。しかし、これが世界最強の悪霊である柵野栄助になると規模が違ってくる。もう歴史の進行から脱線した世界を閉鎖空間として利用するのだから。時間旅行と並行世界の合わせ技。これを他の悪霊を大規模に活用することによって実現させてしまったのだから。
「相手は……もう悪霊と表現するのも烏滸がましいくらいの怪物だ。手に負えない怪物。だが、奴はまだ覚醒していない」
まだ孵化する前の蛹だ。栄養を内側に貯蓄している段階。まだ……殺せる範疇だ。
「我々は正義の味方ではない。こんな化け物のような姿だ。我々は悪霊になれなかった化け物に過ぎないのだろう。しかし、こんな我々だからこそ、世界を救えると思う。あの女を……柵野栄助を抹殺する。そうしなければ……人類が滅ぶ」
相手は自分の死を慰めて貰う為に人間を道連れにしようとしている……悪意の塊なのだから。
「だが、どっちだ。我々がずっと敵視していた『滋賀栄助』という女なのか。それとも、百鬼の一人である薬袋的の姿をした『名も無き戦乙女』なのか」
名も無き戦乙女。百鬼として伊予羅刹龍、大首領黒幕、甲蠍堅牢砦を倒してしまった曲者。薬袋的の姿によく似ているのだが、西洋の重々しい甲冑を身にまとっている。まるで……ジャンルダルクのように。
「分からない。いや、どっちもと言うべきだろう。こいつらは……我々で殺すしかない」
武雷電と獄面凱王は二人で顔を合わせる。黒い鎧と青い鎧が宇宙空間に神々しく輝く。すると、目の前にいる狼の顔をした百鬼が声をあげた。
「なるほど。それで百鬼将さま。我々はどんな相手と戦うべきなのでしょう。戦いの邪魔をしてしまうのは、気が引けるのですが……」
不気味に人狼が笑う。気色の悪い笑み。上半身は何も身に着けていない。黒みがかった青い体毛で、目は鮮血に染まる。宇宙空間なのに二本足で直立不動し、口から舌を出して笑いこける。
「相手取る者は他にもいる。まず、滋賀栄助の金魚のフン。また、何名か百鬼に対して対抗策を持つ陰陽師がいる」
金魚のフンでは相手にならないでしょうな、と余裕ムードが生まれる。そんな部下の態度はお構いなしに獄面凱王は言葉を続ける。
「猪飼慈雲、水上几帳、土御門芥、鬼一法眼。この四名。残るは……津守都丸」
獄面凱王はただ宇宙空間に引き籠っていたのではない。これまでの戦いをずっと監察していた。あの柵野栄助の目の届かない場所から。現に大阪城にある人型ロボットには、獄面凱王の姿は発見されていない。元学者だ、研究するのはお手の物。
「まずは……これらの人間を殺せ」




