蜘蛛
今回の相手は腐った野郎だ。
妖怪という生き物は基本的には感知不能。普通の人間では発見しようと思って見つけられる相手ではない。それこそ陰陽師なんていう存在でなければ。だから一応は普通の人間である私にも発見することは不可能である。つまりは私は自分自身を囮にして獲物が罠にかかる瞬間を待たねばならない。
妖怪は噂をされるのが大好きだ。特に人間の子供と戯れて、それを聞いた大人が騒ぎ立てるのが堪らない。陰陽師に管理されて以来、人殺しに勤しめなくなった妖怪たちの数少ない暇つぶしである。それ以外の時間は陰陽師に式神として利用されるだけ。人間を殺せば陰陽師に処分される。
ただ、今回は異質だ。いつもと状況が違う。
「妖怪のサイズ?」
「そう」
相手は人間じゃないという目安箱への投書だった。幕府の面倒事を任される役所『江戸中町奉行所:市中見廻り組』。そこでやむなく上司と一緒に馳せ参じたというわけだ。
死体が蜘蛛の糸に絡まっていた。その蜘蛛の巣は小動物のそれではない。民家と民家の間に何重にも張り巡らされた巨大な巣。人間はおろか熊でも全身を覆える程の巨大なサイズ。そこに全身の肉を切り刻まれている死体が飾ってあった。
「お奉行、妖怪が小型化していたと思わないか?」
「こんなに大きな巣を創る妖怪が小さいはずがないだろうが」
「蜘蛛の巣と蜘蛛の大きさを比較してみろ。巣の方が何倍も大きいだろう。それに、牙で噛まれた傷跡じゃない。多方向から刃物で切り刻まれている。相手は等身大だよ」
「た……確かに……」
優美な女性の死体だった。この死体の人間が上品なお嬢様の出で立ちなのは間違いない。歳は私よりも少し上といったところか。淡い黄色の花柄の服が真っ赤に染まっている。
「切れるな」
私は試しに蜘蛛の巣の末端を刀で切り裂いてみた。空気抵抗と変わらぬ程度にしか感じなかった。その糸は容易く切れた。近くの民家の人間に話を聞いたが、昨日までにこんな気味の悪い物はなかったらしい。この殺人妖怪は、さながら一夜城のようにこの罠を張り終えたのだ。
「今は日中だから視認できるが、夜中になると見えなくなるのだろうな」
「で? 専門家の見解としては?」
好きで専門家をやっているわけじゃない。妖怪退治は好きでやっているが。専門家なんてそんな仰々しい役柄で呼ばれる程、偉くなったつもりはないのだが。
「妖怪の仕業だけじゃないかもしれない。相手は人間も絡んでいるかも」
「なんでそう思う?」
「捕食目的で狙われていない。悪鬼が人間を喰うそれじゃない」
怪異談を残すのではなく、ただ死体を置き去りにする。妖怪のしわざにしては、あまりに妖怪らしくない。だが、ただの人間に妖怪が力添えするとも思えない。それこそ習性に反する。
「何が起きている……」