幻覚
小説家は息を呑んだ。薬袋的は体操座りで俯いたまま静かに言う。
「どうなったの……」
「一時期は完全におかしくなっていた。窓ガラスを割ってみたり、机を持ちあげてみたり」
普通の人が見えない敵と戦っているような感触だ。
「最終的には悪霊の方が彼女から離れた。まあ邪悪な奴じゃなかったから、その程度で済んだけどさ」
いわば幻覚が見えていたことになる。普通の人には異常者に映ったのだろう。さて、薬袋的はこの背の高い物言わぬ骸骨を見て悩む。どうしたものだろうか、と。悪意があるようには見えない。邪悪さは感じ取れない。以前の喫茶店で見た個体とも違う気がする。
「さて、どうしたものか……」
救ってあげたい。このまま、この小説家が呪い殺されるのは目覚めが悪いから。
★
残る百鬼は11匹。そのうち百鬼将である武雷電と獄面凱王は顔を見合わせていた。柵野栄助は誕生してしまった。この空間は歴史より断然された『あり得ない世界』。『有り得なかった可能性』。本来の歴史では2020年に到達しているはずなのに、実は1750年を何度も繰り返している。
ここまでで得た結論をまとめさせて頂くと、もう百鬼同士の戦いに意味はないということだ。その数はもう十分の一にまで減ってしまったが、ここでようやく自分たちが何者かに踊らされていることに気が付いた。百鬼同士が戦って、最後の一人がレベル3の悪霊になれる。都合の良い話だ、根拠は一切ないのだから。
では、この偽情報を流したのは誰なのか。薬袋纐纈か……それとも……。
「これから……どうする……」
「いつ何時も我々のすることは変わらない。我々の目的は柵野栄助の殲滅だ」
この宇宙空間に黄泉獄龍を除く、残る全ての百鬼は集まっていた。
雷皇ザイン・ブレスタメント。降魔忍者是音。余裕綽々影鼬。神出鬼没錐土竜。霹靂一声業雷虎。プロトゴーレムジャリーマ。殲滅者厳雷狼。
この宇宙空間に7匹が全て揃っていた。全て獄面凱王が必死に呼びかけて集まってくれた百鬼である。彼らに戦闘の意思はもうない。ここまでの惨劇を見せてきたからだ。伊予羅刹龍が脱落したのは痛かった。彼は百鬼同士が戦い合うことを最期まで信じていたが、どこかのタイミングで気が付いて滋賀栄助を倒すことに加担してくれていれば……最大戦力だったのに……。
「もう、これだけしか残っていない……」
「あぁ。ただ限られた数で戦いを挑むしかあるまい。必ずやあの悪霊の首を落とす」
もう元の世界に帰るとか、最強の悪霊に生まれ変わるとか、そんな談義は終わった。もう世界は崩壊寸前まで来ている。柵野栄助が誕生した瞬間に世界は壊れてしまったのだから。




