火刑
何食わぬ顔で手と手を合わせる。胸ポケットには三色ペンを入れている。透き通った目をしており、今にも飛び上がりそうな勢いで迫ってくる。全身から小説にかける思いがにじみ出るようだ。
「ワクワク、ドキドキ」
そんな言葉を口に出して言うな恥ずかしい。と、問題はそれだけではないのだ。奴の背中にはまた悪霊が付着しているのである。前回の悪霊とは少し勝手が違う。大きな剣を握っており、前回と違う真っ赤な馬に乗っている。艶のある骸骨だ。馬の高さも相まって極めて背丈が高く感じられる。
(前回のとは……別個体)
「ん? どこを見ているのかな?」
「いや、だってお前の後ろにさ……」
「おお! 早速ですな! 僕が思うに君はかの有名な聖女ジャンヌダルクの生まれ変わりだと思うんだよね」
自分が悪霊に呪われていることなど何の興味もないらしい。怯えるどころか顔が触れ合う距離まで近づいてくる。暑苦しくて右腕で男を払いのけた。
「若くして亡くなったフランスの軍人だよ。19歳で火刑にあって亡くなってしまうんだ。聖なる啓示に従って国の為に戦ったのに、哀れな最後だよね……」
神様の声が聞こえる。その言葉を聞いてもいまいちピンとこない。それに、その聖女の生まれ変わりではない。だって、神様の声など全く聞こえない。ただこの世ならざる物の姿が見えるだけなのだから。
「君はきっと戦いに身を投じることになるだろう。君は世界を守る為に戦うんだ」
「そして、若くして死ぬって言いたいのか」
何の躊躇も遠慮も無く、大きく首を縦に振った。もう死んでくれなきゃ困ると言いたげな表情だった。呆れ返って声も出ない。この異常性、複数体の悪霊に狙われても違和感ない狂いっぷりである。
「ジャンヌダルクの『神様の声が聞こえた』って話だけどさ。研究者で意見が割れているんだよね。勿論、本当に聞こえていたって主張する人もいるよ。でもね、彼女が信仰心が高かっただけとか、統合失調症だとか、そういう見解もあるんだよ」
彼は背中の巨大なリュックからスケッチブックを取り出した。そして、大きい動作で一ページ目を開き、胸に刺さっていたペンを抜いて筆を構える。
「君はジャンヌダルクの生まれ変わりだ。君を観察すればジャンヌダルクの謎を解明出来るかもしれない。僕は君の全てを後世に伝える為に記録する。君は歴史上の人物になるんだよ!」
後ろの骸骨が首を傾けた。真っ直ぐに男の方を見ている。少しだけ関係性が垣間見えた。男は悪霊に操られている。自分が書きたい物を書いている……のは思い過ごしだ。きっと、悪霊に筆を動かされているのだ。自分たちを物語にしてくれと。
なんにせよ、この危険因子を病院内に入れる訳にはいかない。この病院にはもっと無数の悪霊が住みついているのだから。




