麦藁
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鬼一法眼は全てを知っていた。彼には全てを見通す力がある。看破の魔眼。これにより全ての真実を見通すことが出来るのだ。彼も一年間が繰り返していることを知っていた。知っているだけで何かアクションを起こす気持ちはない。ただ300年近く生き続けているだけの存在。
「お前は……この世界に来た余所者だ。しかし、お前を倒した所で現状は変わらない。この世界を箱庭に変えた人物。柵野栄助を倒さない限りは……世界は変わらない」
柵野栄助。度々、その名前は耳にした。滋賀栄助に対して名前が似ているその人物の名前を口にしている百鬼がいた。一眼忍者や機械仕掛けの虎がそうだ。
「その柵野栄助ってのはどこにいるんだ。随分と私に名前が似ているが……」
「どこにでもいる。私の目の前にも背後にもいる。心の中にもいる。悪霊は突然現れない。常にすぐそこにいるものだ」
……いや、それはどうだろうか。陰陽師は悪霊の悪行を耳にして、それを対処する為に動く。だから、居場所を特定しない、存在が分散している悪霊など聞いたことがない。
「お前たちも柵野栄助という名前に聞き応えはあるのだろう。ならば十分だ。お前たちの中にも柵野栄助は住まう事になる。この看破の魔眼がそれを保証する」
強く風が靡いた。吹き付ける突風に鬼一法眼が身に着けていた麦藁帽子が飛んでいく。そこには頭皮が薄く血管の浮き出た大男の姿があった。
「滋賀栄助。絵之木実松。お前たちは過去と向き合う必要がある。過去を思い出す必要がある。大阪城へ行け。そこにお前たちの半身がいるだろう。そこで現実と向き合うのだ」
「そりゃあ今からそこに向かうけども……。半身がいるって……」
「行けば分かる。そこで全ての決着をつけて来い」
言っている意味は分からなかった。整合性は取れていない。でも、彼の目力が滋賀栄助の心に重く突き刺さった。嘘はついていない。不思議と信用が出来た。まるで現実から逃げようとしている気持ちを見透かされているような。このまま進めば見なくもない真実を見ることになる。思い出したくない思い出に浸らなくてはならない。待っているのは『苦痛』だ。
……それでも、深い傷を負う覚悟で前に進むしかない。
「おい、オッサン。アンタも一緒に来るのか」
「いいや。私は生きることにつかれた。私は何もしない。元より傍観者のつもりでいる所存だったのだ。こんな腐りきった世界で、誰の味方をするつもりもない。ただ、お前たちを急かした責任として、お前たちを鼓舞だけはさせて貰うぞ。存分に苦しんで来い」




