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億劫

 薬袋的は冷静さを取り戻しつつあった。この見透かしたような顔が腹が立つ。しかし、この男は何やら大事な情報を持っている。あの忌々しい小説家の居場所を聞き出すには、本当に絶命させる訳にはいかない。しかし、人間と違って拷問なども得意ではない。さて、どうしたものか。


 「お願いとやらを聞こうじゃないか」


 「はい。僕たちのお願いは……この世界を滅ぼして欲しい、という物です。この時代を終点にして欲しいのです」


 終点ターミナル。ある路線の終わる地点や、ある路線を走る列車・電車・バスなどが最後に行き着く駅・停留所。また、物語の終わりのところ。


 「貴方の時代の方々は不老不死なんて目指したそうですが、まさに不老不死である僕らからすると、これは生き地獄ですよ。記録を残せないことがどれほど億劫か。無限にも思える時間の止まった世界で僕たちは生かされ続けるのです。死んでも生き返る世界……何度も何度も1750年~1751年を繰り返す。今年で270回です。もう正直に言って死にたいんですよ。でも、自殺なんて全く意味がない……」


 退屈。暇地獄。同じ運命を何度も繰り返す。世界は成長しない。感動も絶望もない世界。


 「お願いします……この凍結してしまった……この世界を破壊してください。僕はずっと……貴方のような世界を破壊してくれる人間を待っていた」


 正座の体制から土下座になった。陰陽師が悪霊に対して頭を下げた。世界を守ることが使命の陰陽師が、悪霊に世界を破壊してくれるようにお願いしているのだ。


 「そこのロボットは……何だ……」


 「分かりません。僕にだって分かりません。まるでこの無限ループが始まった瞬間からそこにいたんですから。きっと、この時間を管理する為に現れたんでしょうね」


 「……誰かに意図して操られている」


 もう元の時間の流れに戻してくれ、なんて懇願はしない。根本的な解決はあり得ないと思っている。もうそんな高望みはしない。せめて殺して欲しい。世界を丸ごと崩壊させて欲しい。滅びによる救済を望んでいた。


 「分からない。ただ、僕とあそこにいる土御門芥さん。あと、実は天賀谷絢爛さんも、時間軸の流れに気が付いていたみたいですよ。それと鬼一法眼という人間だけが、この世界の時間間隔が無限であることを理解しています」


 「なるほどな」


 永遠の時間の繰り返しを理解している人間と、そうではない人間がいる。


 「本来の歴史から脱線して……永遠に同じ線路を走り回る列車。なるほど……確かにそういう悪霊もいたな」


 列車の進む先……人を迷わせる永遠の繰り返し。無限空間への誘い。


 「いいぜ。この世界を滅ぼしてやるよ。全てこの私にベットしな」


 この一連の流れを見ていた人間がいる。まずは土御門芥。彼は期待しない顔で、この二人のやり取りを見ていた。自殺懇願の為に悪霊に心を売った面汚しに忠義の意味での怒りはないようだ。しかし、ぼんやりと細い目で眺めていた。心底、興味なさそうに。彼は薬袋的に期待していないのだ。


 それと……もう一人。津守都丸という名前の……絵之木実松。

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