手刀
初めての薬袋的の……名も無き戦乙女の……余裕が消えた。
「おい。お前……何度死んでも……足りねぇぞ」
「怖いことを言わないでくださいよ……僕なんて百鬼になんか全く及ばない。ただのしがない雑魚なんですから」
「で? あの小説家は何処にいるんだ?」
「ふふふ。それを教えてあげる為に……少しお願いがありまして」
と、その言葉を言い終える前に薬袋的は動き出していた。先ほどの同じ手刀で水上几帳の首を跳ね飛ばそうとした。しかし、その刀はごく一般的な女性の軽い手刀と同じ威力になってしまう。その威力に薬袋的は驚愕を浮かべる。
「なんだと……」
本来ならば頭が壁まで跳ね飛んで、頭蓋骨が砕けて壁面が真っ赤に染まるはずだ。でもそうはなっていない。注目すべきポイントは『瞬間移動』は成功して、『呪殺』は失敗したところだ。
「百鬼は人間に強い。悪霊は百鬼に強い。では……人間は? 悪霊に強いんですよ。まるで三すくみですね」
「違うだろ。俺が人間に負けるはずがない」
筋力や握力は互いに一般人以下。しかし、二人とも妖力の波長を持ち合わせている。
「お前……この時代の人間ではないな」
「この時代の人間ですよ。貴方が勘違いしているのです。この時代は『江戸時代』ではありません。この時代の元号は変化していないと錯覚しているだけ。この時代の年号の名前は『霊我』。今は霊我時代なんですよ。西暦2020年なんです」
町の全員は和服を着て……建物は木造の家ばかりで、電子機器など一切なく、江戸時代の風景から一切の変更点がない世界。全く文明が開化をしていない。
「……ほお」
「百鬼はタイムスリップをした訳ではない。まあ錯覚して当然なんですが。貴方はパラレルワールドに迷い込んだのですよ」
「じゃあ何で、この時代は成長していない。江戸時代のままなんだ?」
「そりゃあもう。もう300年ほど同じ時間を繰り返していますからね。霊我時代という呼び名は僕が勝手に付けた名前です。この時代は……時間の流れが止まってしまい、同じ一年を何度も繰り返す世界になってしまいました」
水上几帳は座り込んだ。正座をして礼儀正しく。清々しい笑顔でありながら、どこか気品の硬さを感じ取れる。温かみと真剣みを両方感じ取れる顔つき。その顔を見て唖然とする薬袋的。
「僕も、そこの彼も、本当は300歳を超えているんですよ。もう仙人の領域です。あぁ時間は変化しないので、歳は取れないのですけれど」
だから何が目の前で起きても動じない。その笑顔はおよそ人間の精神を超越した存在になったからか。土御門芥に至っては……もう300年間も餓鬼扱いされていることになる。
「誰も死なない世界なんです。一年周期に元通りになりますから。この世界の人間を殺し続けても、一年後には全く元通りに戻ってくるだけですよ?」




