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熱圏

 ★


 時は同時刻。人型ロボットに映像として映らない遥か上空。天空を更に超えた熱圏に位置する場所に獄面鎧王ごくめんがいおうはいた。オーロラに照らされながら、大粒の涙を流しながら、顔面を両手で覆い、身体を大きく振るわせて、悲しんでいた。


 彼は学者であった。正確には大学教授。学生の前に立ち学術を教え、自らも研究を重ねて来た。彼は生物学者であった。昔から昆虫を捕まえて飼育することが好きだった。ファーブルを夢見て研究に明け暮れた。彼の専門分野は『交雑』である。実際には子孫を残せないという理由で生物と表現されない生物。トラとライオンの間に生まれたライガー。ウマとロバの間に生まれたラバなど、人工的に生み出した新しい進化。その軌跡を追うことに没頭していたのだ。


 しかし、そんな研究に誰も見向きはしない。人々の生活を良くするためには素晴らしい道具が必要だ。殆どの人間は持ち物にしか気を配れない。自らの身体をアップグレードして進化することを拒絶する。生物とは古来より変化を恐れる生き物だ。生物が変化に耐えられるならば、世界にこんなにも絶滅動物が有り触れていない。


 それは人間も同じだ。彼にはそれが許せなかった。


 「どうして……こんなことに……」


 彼は薬袋纐纈と最後に知り合った人間である。武雷電や偽神牛鬼のように旧知の間柄ではない。薬袋纐纈が『生物の進化』を研究する上で彼の存在を引き入れる事にした。最初は不本意だったが、資金不足に悩まされていたのは事実。首を縦に振るしかなかった。


 研究設備は最新鋭を湯水の如く使える。研究目的なら莫大な援助金を用意してくれた。利用してやれ、そんな気持ちで薬袋病院に入った彼は思い知る。薬袋纐纈の真っ黒な思惑に。彼に合って握手を交わし、ハグを交わし、最初に言われた言葉がこれだった。


 「我が孫娘を……悪霊にしてくれ」


 軽いジョークでも笑えなかった。そんなアホな提案は占い師にでも、霊媒師にでも、頼めと思った。無論彼は本気だったのだが。悪霊を無限に引き寄せて感情を読み取れる少女と、山ほどのサンプルである進化前の悪霊たち。そんな恐怖映像を見せられては腰を抜かして驚いた。いや、恐怖で泣き叫んで動けなくなった。自分の死を心に悟った。


 しかし、そうはならなかった。彼は……本当に自分の孫と悪霊を融合させる気満々だった。


 「悪霊とは死を超越した存在だ。いわば人間の進化した姿なのだ。ここまでは分かるかね」


 分かってたまるか。


 「その悪霊を人間と融合させることで、我々人類は死を超越した存在になれる! 我が悲願たる不老不死への達成も望みが持てるというもの」


 彼の狙いは自我を保ったまま、死なない生命体になること。あわよくば、悪霊の持つ様々な人知を超えた力を手に入れたいと考えていた。そんな中で、学者はずっと考えていた。これ、俺の存在理由あるか、と。

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