熱圏
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時は同時刻。人型ロボットに映像として映らない遥か上空。天空を更に超えた熱圏に位置する場所に獄面鎧王はいた。オーロラに照らされながら、大粒の涙を流しながら、顔面を両手で覆い、身体を大きく振るわせて、悲しんでいた。
彼は学者であった。正確には大学教授。学生の前に立ち学術を教え、自らも研究を重ねて来た。彼は生物学者であった。昔から昆虫を捕まえて飼育することが好きだった。ファーブルを夢見て研究に明け暮れた。彼の専門分野は『交雑』である。実際には子孫を残せないという理由で生物と表現されない生物。トラとライオンの間に生まれたライガー。ウマとロバの間に生まれたラバなど、人工的に生み出した新しい進化。その軌跡を追うことに没頭していたのだ。
しかし、そんな研究に誰も見向きはしない。人々の生活を良くするためには素晴らしい道具が必要だ。殆どの人間は持ち物にしか気を配れない。自らの身体をアップグレードして進化することを拒絶する。生物とは古来より変化を恐れる生き物だ。生物が変化に耐えられるならば、世界にこんなにも絶滅動物が有り触れていない。
それは人間も同じだ。彼にはそれが許せなかった。
「どうして……こんなことに……」
彼は薬袋纐纈と最後に知り合った人間である。武雷電や偽神牛鬼のように旧知の間柄ではない。薬袋纐纈が『生物の進化』を研究する上で彼の存在を引き入れる事にした。最初は不本意だったが、資金不足に悩まされていたのは事実。首を縦に振るしかなかった。
研究設備は最新鋭を湯水の如く使える。研究目的なら莫大な援助金を用意してくれた。利用してやれ、そんな気持ちで薬袋病院に入った彼は思い知る。薬袋纐纈の真っ黒な思惑に。彼に合って握手を交わし、ハグを交わし、最初に言われた言葉がこれだった。
「我が孫娘を……悪霊にしてくれ」
軽いジョークでも笑えなかった。そんなアホな提案は占い師にでも、霊媒師にでも、頼めと思った。無論彼は本気だったのだが。悪霊を無限に引き寄せて感情を読み取れる少女と、山ほどのサンプルである進化前の悪霊たち。そんな恐怖映像を見せられては腰を抜かして驚いた。いや、恐怖で泣き叫んで動けなくなった。自分の死を心に悟った。
しかし、そうはならなかった。彼は……本当に自分の孫と悪霊を融合させる気満々だった。
「悪霊とは死を超越した存在だ。いわば人間の進化した姿なのだ。ここまでは分かるかね」
分かってたまるか。
「その悪霊を人間と融合させることで、我々人類は死を超越した存在になれる! 我が悲願たる不老不死への達成も望みが持てるというもの」
彼の狙いは自我を保ったまま、死なない生命体になること。あわよくば、悪霊の持つ様々な人知を超えた力を手に入れたいと考えていた。そんな中で、学者はずっと考えていた。これ、俺の存在理由あるか、と。




