命乞
全くを持って何を言っているのか分からなかった。甲蠍堅牢砦はその場で馬鹿みたいに立ち尽くす。全く動かない。感情の整理がつかないのだ。頭の中で柵野栄助という人物を必死に検索していた。聞いたことがある。初耳じゃない。
何処の……誰だ。そうだ、そのヒントになりそうな映像が目の前に流れているではないか。人型ロボットの胸に設置されている画面。そこに二人の少女が映し出されてある。一人は……滋賀栄助。大通りの真ん中で、男性を抱き抱えながら大男と対峙している。もう一人は……戦艦から脱出した……薬袋的がいるはずなのだが……。
「奴は何処へ……」
いない。戦艦から空中へ身を投げて、地面まで階段を降りるように歩いていた薬袋的……名も無き戦乙女がいない。画面を目を凝らして拝見するが、やはり何処にも姿がない。信じられないという顔つきになる。そして次の瞬間には……甲蠍堅牢砦は消し炭になっていた。薬袋的の手刀を顔面に受けたのだ。
「どうして……お前が……ここに……」
「知らないのかぁ? 悪霊は瞬間移動が出来るんだよ。画面で覗いている奴がいたら、もっと簡単に移動できる」
得意気にそう言い張る。甲蠍堅牢砦は信じられないという顔をした。しかし、身体の消滅が止められない。彼女の左肩には小柄の男が乗っかっていた。恐らくは、津守都丸なのだろう。いや、入れ替わる前の絵之木実松か。何やら殴打の跡が見えるが……。
「そうか。お前が柵野栄助なのか」
「ん? 違うな。正確には、『まだ違う』。私は百鬼の一匹であり、悪霊の能力を使える……滋賀栄助の魂そのものだよ」
彼女はその場に男を雑に投げ捨てた。まるで明朝にゴミ出しでもするかのように。
「この世界を構築している人間が柵野栄助さ。私はまだ参加者に過ぎない」
甲蠍堅牢砦は消えかかっている身体で手を伸ばした。この悪霊に障ろうと思って。必死に藻搔くように……そして塵に消えた。血も涙も流さず、あっさりと呪殺されてしまった。
「これで残るは10匹だな。終わりが見えてきたねぇ」
愉悦を味わうように中指で鼻を触って天を仰ぐ。目を瞑ってにこやかな顔をする。身体をくねらせて喜びに浸る。
「随分と早い登場ですね。もう少し時間が掛かるものだと思いましたよ。今は中盤だと思っていたのですが、実はもう終盤なのでしょうか」
水上几帳の負け気と良い笑顔をする。正座をしたまま、膝の上に扇子を置いて、優しい顔をしている。濃い青い着物に青い烏帽子、気品のある佇まい。そんな彼の問いかけに、名も無き戦乙女は……無感情な顔に戻った。
「誰だ、お前」
「名家の党首。水上几帳です。よろしくお願いいたします」
「知らん」
取るに足らない雑魚。弄ぶ価値も無い雑魚。相手にするだけ時間の無駄。彼女はあっさり殺そうとズガズガ歩いてくる。畳を踏み抜いて。これを受けて水上几帳は懐からとある書物を取り出した。
以前に……滋賀栄助が持っていて、その後に絵之木実松が持っていた物。独眼巨人が守護する使命を背負っており、それを水上几帳に奪われた品。
「お前、それ」
「僕なりの命乞いです。猪飼慈雲さんから、テキトーな理由をつけて借りてきました。これの重要性を知っていますよね?」
そこにあったのは……百鬼閻魔帳。




