脱線
滋賀栄助なのか、薬袋的なのか、それとも別の何物なのか。
「ふむ……」
看破の魔眼が滋賀栄助を睨みつける。鬼のような鋭くて見つめ合えない顔。眉間に皺が寄り、目が細くなり、鼻が大きくなる。
「いや、お前は……ただの『物体』だ。そうしか表現できない」
「はぁ……!?」
期待外れな答えに怒り狂った態度を示す。地面に拳を叩き付けて声を荒げた。
「人間ではない。妖怪でもない。幽霊でもない。悪霊でもない。百鬼でもない。まるで、何でもないという評価しか出来ない。まるで死体が動き回っているようだ。物質と同じ判定になる」
「そんな曖昧な説明で私が納得するとでも思っているのか。ふざけるなよ!」
「私は真実しか話せない。それが真実なのだからしょうがない。お前を表現できる言葉がこの世界に存在しないんだよ。そもそも……この世界は……」
彼は心苦しいように口を詰むった。歯ぎしりをしてばつが悪そうな顔をしている。
「この世界は……『日本』ではない。いや『世界』ではない。誰かが構築した妄想上の世界。いわば……箱庭だ。この世界の人間は誰も生きていない」
★
同時刻。甲蠍堅牢砦は唖然としていた。この世界の現実を目の当たりにした瞬間であった。人型ロボット、その人工知能が胸に付着しているモニターの中には……映像が映し出されていた。この世界の重要局面の映像が。滋賀栄助と絵之木実松が鬼一法眼と対峙した瞬間。空中に浮かぶ巨大戦艦から、津守都丸を抱えて地面に舞い降りる薬袋的の姿。
「へ……」
蠍の化け物は唖然とした声を出す。畳の上で直立不動になる。
「だから、この世界の人間は元より誰かに構築されたプログラムに過ぎないんです。水上几帳も土御門芥も歴史上にそんな人間は存在しません。タイムスリップなど真っ赤な嘘です。世界は貴方が思っているよりも残酷なんですよ」
生きている人間は全てNPC。重要人物は……そうプログラムされていただけ。陰陽師なんて初めから誰一人いない。そもそも江戸時代の時代背景と絶妙に映像が合わなかった。現代の人間が過去の文献から江戸時代の生活様式を想像して再現した世界。ドラマなどの時代劇と相違ない。
タイムスリップなど有り得ないのだ。あんな矛盾だらけの奇怪な妄想は。人間は時間と言う第四の軸を越えられない。タイムスリップのジレンマ。過去に戻って親を殺したら、自分も消える。ただ、自分が消えれば、親を殺した事実も消える。ならば、親は死なない。ならば自分も死んでいない。矛盾が錯綜する無限ループが発生する。
この地は、この時代は、この時間軸は……生物の進化の流れを列車に例えば場合に、既に脱線してしまった世界。列車は決められた各駅に停車する。しかし、脱線した列車はどの駅にも停まらず暗黒の中を突き進んだ。何処の時間軸に進んでいるのかも分からないまま。
誰も存在しないハズの終点。悪霊の神隠し。
「では、ここは誰の箱庭なんだ……」
「そんなの柵野栄助に決まっているじゃないですか」
100人の人間が悪霊の力によって、この箱庭に閉じ込められた。
「ここは時代が脱線した先の世界。悪霊が時間軸に介入して生み出した本来有り得ない世界。消えてしまった可能性。いわば終点箱庭なんですよ!!」




