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縁切

 開けてはいけないパンドラの箱。絶対に明かされてはならない真実。闇に葬られて消え去った事実。その秘密は絶対に暴いてはいけなかった。


 本人に自覚症状は無かった。幼少時に絵之木実松という雑用係と入れ替わり、その任務と縁を切ってから、記憶を全て失った。自分は絵之木実松として生まれ変わった。今まで江戸の陰陽師機関の党首として慕っていた人物こそ、自分が入れ替わった元だった。


 本当は弱くない。陰陽師としての縁を切っているだけ。


 「どうして倒れたんだ……一体なんで……」


 滋賀栄助が夫を心配する。目を見開いたまま硬直している絵之木実松を抱き抱えて頭を撫でる。


 「その男は本来、陰陽師として弱くはない。この時代の10本指には入る程度の実力を兼ね備えていた。しかし、自分から戦う運命を拒否した。陰陽師としての力を『縁切り』したのだ」


 「何を訳の分からないことをペラペラと……」


 「コイツは津守都丸だ!」


 力強く言い切った。滋賀栄助の声をかき消すように。


 「それでも私の夫だ。お前の言っている事が、仮に全部本当でも、私にとっては何も関係ない」


 「お前と一緒に戦わない、この男をか!」


 「戦っていないのはお前も同じだろうが! それに、この時代の人間が百鬼に太刀打ち出来る訳がないだろ。私以外に百鬼は倒せない。だったら戦わない選択が正解だ」


 「それは違うな! 未来人!」


 大声で怒鳴り合う二人を他所に気絶し続ける絵之木実松。まるで死んでしまったかのように動かない。呼吸をしているかどうかも危うい。


 「死んでも戦うのが陰陽師だ。死ぬことを恐れてはいけない。死ぬことを理由に戦線離脱できない。死んでも悪霊と戦うのが陰陽師だ」


 そうだ。陰陽師とはそういう生き様であるべきだ。無力でも無策でも無理でも無常でも無関係でも無茶苦茶でも、悪霊と相反したら消すまで戦うのが陰陽師の役目だ。合理性など考えていたら、あの無茶苦茶な生き物には勝てない。命の尊さなど考えていては、死んだ生き物を消滅させられない。


 規則を重く持ち、上下関係をはっきりさせ、恐怖によって試合する。それが陰陽師の全国に敷いた管理体制だ。だから、本来であれば陰陽師であることを止めた津守都丸は大罪人だ。許されざる処罰が下るべき存在だ。


 「お前、看破の魔眼を持っているんだよな。真実を見抜くみたいな」


 「あぁ」


 「俺の正体も見破ったんだよな。自分でも自分が何者なのか分からない。教えてくれよ。私は何者なんだ。人間なのか、幽霊なのか、悪霊なのか。俺は何なんだ」


 滋賀栄助は涙目だった。必死に苦しみに耐えながら、張り裂けそうな胸を抑えながら聞いた。

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