乗馬
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残っている百鬼の数は、実は極めて少ない。残るは12体。まずは百鬼将の武雷電、獄面鎧王、そして未だ全く姿を現さない黄泉獄龍。大阪城を襲っている甲蠍堅牢砦。そして……伊代羅刹龍や大首領アンノウンを倒した名も無き戦乙女。この五体が名前を知られている。
もう戦いは大詰めに来ていると言いたいのだが……そうはならない。
「栄助さん」
「あぁ。ふざけやがって」
滋賀栄助と絵之木実松は伊賀の国にいた。伊賀とは今の三重県に当たる場所で、甲賀流と並んで忍術の中で最も有名な流派の一つである伊賀流が栄えた場所である。百鬼出現の噂を聞きつけて行動を開始していた。機械仕掛けの虎との一戦の傷も癒えないまま、次の戦いへと赴かなくてはならない。
今回の発生の噂は二つ。大阪城を襲う蠍と、浦賀を襲う戦艦。この二つの情報が入って来た。どっちに行くか迷ったが、やはり親方様をお守りすることを優先し、大阪城へ移動することにした。信濃から伊賀、そして大阪へ……。そして、そこで足止めに合っていた。
二人は馬に乗って移動していた。短距離ならば、これが一番手っ取り早い。乗馬など江戸時代には廃れていく移動手段だが、それでも今はこれが最善策だった。で、全速力で駆ける成熟した馬の進行を、突然現れた大男が両腕で受け止めてしまった。馬は勢いを殺されたことで興奮し、四歩足をバタつかせて暴れ出した。落馬する寸前に二人は真横へ降りる。危うく死んでいた所だった。
そのまま馬たちはどこかへ走っていった。追う余裕などない。移動手段をこんな顛末で失った。大男は大声で叫ぶ。
「俺の名前は鬼一法眼だぁ!」
分かりやすい、シンプルな自己紹介。その名前を聞いた瞬間に絵之木実松は身震いする。当然の如く知っている名前だ。百鬼ではない。それは……8人の名家の党首、最後の一人。親方様の呼びかけにも応じず、今の今まで姿を隠していた陰陽師。その名は……鬼一方眼。これで名家の党首の名前が全て出揃ったことになる。猪飼慈雲など比べ物にならない程の巨漢。筋骨隆々で腕も足も太く、顔も大きい。江戸時代の人間の背丈など、今の時代とは比べられない程に小さいはずだが、彼は200cmを超えている。
巨体が二人を見下ろしてくる。まるで悪しき生物を見る目。まるで見透かしたような……狂気に包まれた風格。威風堂々とした態度。死んでもこの地を通さないという気迫は現れている。
鬼一法眼は本名ではない。その名前はかの有名な牛若丸こと源義経に剣術を教えた人物の名前。現代までも崇め奉られる存在。つまり、代々この家系を継ぐ者が鬼一法眼を名乗る習わしになっている。知名度で言えば名家の党首の中でも群を抜いて最高かもしれない。
「なんだよ、オッサン。突然、出てきやがって。あやうく轢き殺す所だったじゃねーか」
「鬼一様……」
どうして今になって……。真っ先にそういう感想を抱いた。もう今までの戦いで賀茂久遠、天賀谷絢爛、弓削是音は戦死した。子供であり非戦闘員である土御門芥を合わせれば……もう半分しか残っていないのに。どうして今になって……。
「お前たちを通す訳にはいかない」




