焼死
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死んだ。大首領黒幕……大首領アンノウンは呆気なく死んだ。能力を封じられ、この世界に来て宿敵に合うことも出来ず、陰陽師との殴り合いの末に血らだけになんて死んだ。顔面は凹凸が出来るほど変形しており、真っ青だった顔は真っ赤になる。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
殴り合った相手は津守都丸。彼は陰陽師の名家の党首であり、将軍家に仕える武士でもある。そんな彼だったが、所詮は江戸時代の技術を極めた人間だ。百鬼として万全のアンノウンと戦えば、勝負にすらならなかっただろう。しかし、互いに武器を持たず、能力が使えない。人間とさして差がない状態で見合いあった二人。
戦いはほぼ互角だった。身長や体重の差からむしろアンノウンに優位な条件だった。ただ、津守都丸の方が思い切りが良かった。最初に本気になって拳を振るったのだ。意外や意外。アンノウンは悪の大幹部である。フィクションでも、現実でも、多くの人間を殺してきた。容赦の無いまさに悪党。だが、その殺し方は自身の能力によってである。自らの手を汚したことなど、ただの一度も無い。
いわば……覚悟が足らなかった。世界観が日曜朝の特撮番組の域を出ない。ビームで他人を焼死させても、暴力で相手を嬲り殺すことは出来ない。現実味のある殺し合いに彼は精神が追い付かなかった。
では、津守都丸がその点に優れていたかと言われれば、そうでもない。彼は格闘家でも盗賊でもない、陰陽師だ。津守都丸だって他人を暴力で屈服させた経験などない。躊躇っていたのは彼も同じだ。しかし、単純に津守都丸の方が、危機感が強く、恐怖が身体を蝕み、悲壮感で胸を痛めていた。これが決着の決め手になってしまった。
何処までも気持ちが悪い決着。
「終わったか。時間かけすぎだろ。逃げるぞ、この戦艦も崩壊する」
「う……あ……」
津守都丸は地面に突っ伏していた。瞼は腫れあがり、唇から出血が止まらない。頬は青く滲んでいる。アンノウンの反撃に、それ相応のダメージを受けていた。彼も虫の息だった。
「そんな顔するなよ。安心しな、助けてやる。生き残った方は生かすって言っただろ? 本当に助けてやるって。それよりも、お前はもっと胸を張っていいんだぞ。陰陽師として百鬼を倒したんだから。これは快挙だぜ! 帰ったら、その名誉の負傷を見せびらかして自慢するんだな」
確かに事実だけを見れば快挙だ。今まで百鬼を倒せた人間など、滋賀栄助を除けば一人もいない。『人間』はいない。だから、これは世にも珍しい戦績なのだ。まあ、そんな言葉を考える余裕は無いのだが。
「さてと」
戦艦はアンノウンの消滅と同じく消えて行く。空高く浮かぶ空中要塞は跡形もなく消えて無くなった。まるで風に吹かれて消え去るように。元からその場にいなかったように。黒い鉄の塊は幻想となっていった。




