涙目
「なんだ……これは……」
ここには何かがある。百鬼将を打ち倒す秘訣がある。そう思ってこの場までやって来た。しかし、その目論見は変な方向へ折れ曲がっている。目の前にいるのは、昭和の時代でも有り得ない機械。いわば人工知能。
彼は薬袋病院の中で臨床工学士であった。医療機器の操作、点検が主な業務。幼き頃より工学に興味を持ち、薬袋纐纈にスカウトされた。薬袋病院は陰陽師の力や怪しい魔術にも手を出していたが、最新鋭の技術にも惜しみなく投資をしていた。
だから、分かる。この機械が……この時代にも、昭和の時代にも存在しない物だと。
「百鬼将は薬袋纐纈を裏切った……ように言われていますが、冗談じゃない。薬袋纐纈すらも……ただの矮小な引き立て役でしか無かったのですよ」
水上几帳が笑って言う。まるで全てを知っている顔付き。
「薬袋的? 滋賀栄助? 笑えますよね。そんな人間はどうだっていい。百鬼同士の殺し合いも意味がない。大事なのは全て……柵野栄助だよ。あの最強の悪霊……あれを人間である内に幸せにしておくべきだった。もう世界は滅びることが決定したのですよ」
柵野栄助、柵野栄助、柵野栄助。その名前は何度か耳にする。しかし、未だに何者なのか判別がつかない。どこにいるのかも分からない。次の瞬間には、甲蠍堅牢砦はロボットと握手をしていた。強く手を握る。その手は冷たかった。
「意味がない。私が……こうやって生き残りをかけて戦っていることは……意味がない」
「そうだ。百鬼将を含めて、もう全ての百鬼は死亡が確定している。だから意味がない。そもそもこの世界に意味がないのですから」
平行世界。別の世界。有り得た可能性の別ルート。
「この戦いは江戸時代にタイムスリップして、過去を改変することで、未来を書き換える。悪霊を進化させる為に、百匹の悪霊が集い、殺し合いをして、本来では訪れなかった未来にする。そういう戦いではないのか?」
「はぁ……駄目だ。もう面倒になってきた。結論を言おうか?」
今まで一言も言葉を発しなかった土御門芥が声を発する。面倒な顔で、楽しくない顔で。水上几帳も少し驚いたような顔をしたが、いつもの笑顔に戻った。甲蠍堅牢砦は涙目になる。
「もうレベル3の悪霊は誕生しているんだよ。それが柵野栄助だ」
開発段階ではない。もう決着のついた出来事である。全ては完了したこと。
「どこにいる……奴は……どこだ」
馬鹿な事を言うなぁ、と土御門芥は重い腰をあげて立ち上がる。
「悪霊だって言っているだろ? どこにでもいるし、どこにもいない。出現しない、初めからずっとそこにいるんだ。頭の中にも、心の中にも、身体の中にも、どこにでもいる。隠れないし、逃げないし、消えない。ずっと一緒にいるのが悪霊だよ。『怨念』なんだから」




