水遊
御札を放り投げた。これで能力が解除されれば脱出できるかもしれない。ここまで追い詰められたのだ。今更多少のリスクは覚悟の上だ。と、心のなかで恐怖を断ち切るように叫び、状況が好転する事を祈った。ふわふわと御札は宙を舞い、その中心の模様から多量の水を吐き出した。
「さぁ、どう出る!」
真っ赤な鎧が水浸しになる。そして、それだけである。何も起こらないし、何も発動しない。なんか子供が水遊びをしていたみたいで、何故か恥ずかしい気持ちになる。私は至極真剣に攻略を目論んでいたのだが、ここまで意味がないと感情がギクシャクする。
「あれ? あの水、妖力とか含んでいたのだけど。それなりに意味のある水なんだけど」
と、囁いても、誰も何も言わないし、どうにもならない。
「なんなんだよ!」
と、叫ぶと同時に自分が地面に落ちていることが分かる。先程までは腰まで浸かっていたが、今は肩まで沈み込んでいる。何故か腕は頭より上にあがる。本当に色も材料も変わらない素材なのに、本当に礫のように、サラサラとした砂のようだ。
「ちょっと暴れたせいで沈むのが早くなった……」
動かずとも沈んでいるのだ。動かずともこの沼に喰われている。それなのに自分の寿命を自分で削っている。顔より上の環境は何一つ変わらないのに。また、違和感としては確実に沈んではいるが、足を引っ張られる感触や、木材の中からの攻撃が一切ない。絶対的有利のこの戦場で、この悪鬼は絶好のチャンスを生かそうとしない。何のコンタクトもない。
「なんだよ、この能力は!」
それからも腕を動かしたり、泳いだりしたが、意味はなかった。結局、徐々に身体が取り込まれていく。身体が埋まっても圧縮して押しつぶされもしないし、顔が埋まっても呼吸はできるし、意味がわからない。そしてそのまま流されるように地面へと付き落ちていった。
★
死んではいなかった。そのまま濁流に流されるかのように、勢い良く細い軸柱を滑り落ち、そのまま安全に足を怪我することもなく、地面へと降り立った。そこへ滋賀栄助が細い目をしながら待っていた。見た目からは彼女も一切の怪我をしていない。
地面の下には人だかりが出来ていた柱の中から突然に姿を現した奇妙な人間。目を疑うのが自然だろう。そんな人ごみを無視して、上空を見上げる。もう一度梯子を登って上までいく勇気はない。今度こそ殺されると思うとどうしても慎重になる。さらに、落ちてきた柱を触るとただの硬い木材に、鐘を支える支柱に戻っていた。
「助かった……」
「助かってないよ。お前、何かを奪われていないか?」
「え……」




