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魚雷

 目の前にいるのは本物の悪霊だった。表現するのも烏滸がましい。いっそ笑えるくらい、見間違えしないくらい、もう逃げられない……狂気。絶対に殺されるという純然たる事実。もう腕っぷしが強いとか、凄い能力を持っているとか、高い知能を誇るとか、そんな要因は些末なものだ。理解不能。その得体の知れない、底が見えない、はっきり捉えられない、そんな怪物こそ彼女なのだ。


 「まあお前なら分かってくれるよな。この状況が」


 アンノウンは悪の大首領だ。武雷電の圧倒的な主人公としてのポテンシャルに負け続けてきた。一度も勝利したことがない。良い線までは行くのだ。毎回ギリギリまで武雷電を追い詰める。しかし、何かしらの大逆転の奇跡が起こり、アンノウンは敗北する。


 でも、彼は愛されていた。何度、敗れても這い上がる。負けても負けても、新しい怪物を生み出す。新しい怪人を仕向ける。武雷電と死闘を繰り広げる。悪党であり、悪役であり、悪鬼。それがアンノウンだ。世界征服を企む悪の大首領だ。


 その彼が……ただ絶望に打ちのめされている。絶対に勝てないという現実に。


 「あ…あぁ……」


 アンノウンには多彩な技がある。まずは戦艦から爆撃を放つ悪霊砲弾。また、身体を戦艦そのものに見立てて戦うことが出来る。背中に主砲を出現させる能力。鋼鉄版を出現させての防御。蒸気噴射、索敵、魚雷に見立てたステルス弾、航空機の発射など、その能力は多岐にわたる。歩く爆撃人間がアンノウンである。


 しかし、その能力は全て封じてある。全く理屈などなく、その能力が使用できない。


 「どうして……私の能力が使えない……」


 「ホラー映画見ているとさ。携帯電話とか、何の理由もなく使えなくなるよね。車にエンジンが掛からなくなったりさ」


 「まさかそれと同じだと言いたいのか……」


 「さぁ? その辺に歩いている犬にでも聞けよ」


 名も無き戦乙女は至極ご機嫌だ。もう全身から人生を楽しでいるという気持ちが溢れている。首を45度に曲げて、大きく口を開いて、目を見開いて、軽く身体が振動しながら笑いコケる。


 「よし、お前……行け!」


 唐突な発言だった。ずっと身構えていなかった津守都丸は目を丸くする。突然、頭の中の大事な糸が切れたような音がした。恐怖が……襲って来る。津守都丸は腹部から肩の上に抱き抱えられると、阿保面で伝っているアンノウンの前に放り投げられた。地面に突っ伏しながら、見下ろしているアンノウンと目と目が合う。


 「お前達。二人で殺し合え。生き残った方を生かしてやる」


 およそ何を言っているのか理解に苦しんだ。先に状況を理解したのはアンノウンである。あぁ、今から殺し合いをさせられるんだぁ、と。


 「さぁ、頑張れ! 頑張れ!」


 津守都丸は自分が阿保なことにようやく気が付いた。悪霊の魔窟にノコノコと連行されて、身に降りかかっている恐怖で思考を忘れて、ただの荷物となっていた。そうではない……自分は今……悪霊に襲われているのだ。


 「あ、あ、あぁぁぁぁ!」

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