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背徳

 病院は例え憎き犯罪者でも、治療すべき患者ならば受け入れる必要がある。例えそれが、何十人殺した殺人鬼でも。薬袋病院は積極的に完治した跡には豚箱に入ることになる受刑者を、喜んで受け入れていた。


 コイツの場合は、放火が本来の目的ではなく、ただの証拠隠滅の為に民家を燃やしていた。いわばやり過ぎ症候群である。女性に暴行を加え強姦し、それをバレるのが怖くて建物を燃やした。子供を誘拐したが、居場所が特定されたので、逃げる前に痕跡を消す為に自宅を燃やした。だから、正確には放火魔じゃない。放火は彼にとって本質的ではない。


 自分の罪を消したかった。この世から消すには消し炭にするしかない。それがどんなに非合理な行為だとしても。彼は逃げ切れなくなり、遂に逮捕された。次の彼が模索した作戦は、病院を放火することである。それが理由で自分が火達磨になった節もある。病院を燃やして、患者の対応に追われている関係者の隙を狙って逃げよう。どうせ病人なら、すぐに行動できずにモタツクはずだ。そんなことを考えていた。


 およそ道徳から外れた行為。許されざる悪意。だが、彼は人間として優秀だった部類ではない。能力として秀でているものはなく、何か形のある実績もなかった。ただの小者。小者だからこそ、罪に罪を重ねて肥大化した。最初から肥大化した悪を持っていたのではない。心のブレーキが壊れていた凡人。


 勿論、薬袋病院に火を付ける真似など叶わなかった。彼を待ち受けていたのは、今まで自分が殺してきた悪霊たちだったから。彼の罪過は何一つ精算されていなかった。病室に入るや否や、悪霊たちがゆっくり彼の身体を蝕んだ。何度も言うが彼は小者である。耐えられるはずがない。


 そして……今も……。


 「嫌だ……消えたくない……。幽霊でもいいから、悪霊でもいいから、生きていたい。殺さないでくれ。お、お前が死ねばいいだろ。何で僕が死ぬんだ……う、うわぁ」


 もう薬袋的は何もしていない。狂気の顔を浮かべて微笑んでいるだけ。それなのに、背徳者は頭を抱えて項垂れる。大声をあげて子供のように泣き叫び、咽喉が壊れるくらい叫ぶ。助けてくれと。程なくして彼は死んだ。外傷だけ見ると死因は分からない。


 撲殺でも、刺殺でも、斬殺でも、圧殺でも、銃殺でも、毒殺でもない。本当に何で死んだのか分からないのだが、それでも呼吸が止まり、心臓が止まり、瞳孔が見開いて、砂になって消えた。まるで何かに怯えるように。ダンゴ虫が外敵から身を襲われた時に、丸くなるように……心底怯え切って死んだ。


 表現するならば……呪殺。人を殺せる程の呪い。


 「百鬼は悪霊の成り損ないだ。……楽に死ねると思うなよ。お前は天国にも地獄にも行けない。前の時代に戻るまで、輪廻転生を果たす度に、何度も何度も苦しみ続ける。呪いは永遠だ。お前は新しい命を得る度に……死ぬ恐怖に怯えることになる」

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