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腓骨

 背徳者は床に背中から叩き付けられた。後頭部を強く殴打する。そのまま右足が地面の中に引きずり込まれている。物理法則の無視だ。右足首から血が噴き出る。腓骨は圧し折れてしまった。


 「ぐっ……」


 「この程度で痛がっているなよ」


 妖力とは魂の波長である。心に燃え盛る霊的エネルギー。基本的には現実に干渉は難しいはずだ。それなのに……。


 「貴様……悪霊なのか……」


 「ふふふ。どうだろうな」


 問題はこの戦乙女が意識を有していることである。ただ暴れ回る怪物ではない。まさに、薬袋纐纈が思い描いたレベル3の悪霊の姿そのものだ。それはこの戦いが終わった後に手に入れられる至上の……史上の特典のはず。それを、ゲームが終わる前に有している。


 「じゃあ俺たちは何のために……」


 そういう話になるのも必然であろう。しかし、薬袋的は一切の手を緩めない。馬乗りに胴体の上に被さり地面に貼り付ける。まず指を折り、次に装甲に罅を入れる。逃げようとする背徳者の足を掴んで離さない。まるで大型肉食動物の捕食シーンだ。背徳者の真っ黒な装甲が平然と崩れていく。


 背徳者の能力は何故か発動しない。とっくに現状を打破する為に、能力を使おうと努力を試みているのだが、それでも全く効果がない。この現状は実に合理的だ。理に叶っている。なるべくして殺されかけている。


 「分かった、話す、話すから」


 自分の死期を悟ったのか、背徳者は下手な命乞いを始めた。悲壮感漂う情けない声。


 「本当は悪の大幹部じゃないんだ。百物語は終わった。自分が特撮ドラマのキャラクターではなく、実際に生きていた人間だと理解している。私も前世の記憶を思い出している」


 誰がそんな情報を強請ったのか分からないが、彼は雄弁に語り出した。薬袋的は振るっていた腕を収めた。攻撃を一時中断した。ニコっと笑って見せる。


 「俺も患者だったんだよ。お前の病院の患者さんだった」


 「お前の一人称は『我』じゃなかったっけ?」


 そんな言葉を捨て置いて背徳者は話を続ける。


 「俺はお前の病院の患者なんだよ。いわば、お前たちのお客様だ。そんな俺に……ひぃ」


 戦乙女は拳を振り下ろして腕を装甲の上から圧し折った。悲壮感の漂う声が響く。そんな圧倒的な撲殺に……津守都丸は声が出ない。


 「言いたいことはそれだけか?」


 「いや、それだけじゃない。もっとある……だから……」


 「お前のことを私が知らないとでも? お前は放火魔だった。何人もの人を丸焼きにして殺してきた。いよいよ逮捕状を迫られて、お前は警察に捕まりそうになった。受刑者になるのが嫌で、牢獄に入れられるのが嫌で、無意味な遅延行為を行った。自分の身体を死なない程度に火傷を負った。一酸化炭素中毒にならない程度に加減をして、煙を吸い込んだ。その死者の怨念を持ってこの世界にやって来た」

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