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操舵

 物体を擦り抜ける。つまり、床の下に消えてしまえる。背徳者は獲物を見失った。予想は出来てたのだろう。さして驚きはしない。落ち着いている。そして、奴は腕を後方に引いてカウンターの体制に入った。狙い撃ちする気だ。奴が地面から出て来たと同時に叩き伏せる気だ。


 「出て来ることが分かっているならば……恐れるに足りない」


 だが、イレイショナルの予想を薬袋的は簡単に裏切っていく。悪霊の能力は……こんなものではない。地面を注視していた奴に対して、地面そのものが盛り上がって顔面を叩き上げたのである。間違っても自分の拳で叩き上げたのではない。比喩表現ではなく、本当に戦艦内部の床そのものが奴の仮面にぶつかった。


 反復性偶発性PK。いわば、ポルターガイスト。


 「なんだ……これ……」


 地面が波のように盛り上がる。そして、谷のように沈む。弾性力を持っていない。床の材質は縞鋼板。それなのに大きさが疎らな上下運動をする。その波に引っ張られるように、津守都丸は部屋の四隅に追い寄せられていく。背徳者イレイショナルは動じない。仮面に小さな亀裂が入っても。


 戦艦の操舵輪が不自然に回転する。ボイラーが一人でに蒸気を上げる。士官室の机や椅子、ハンモックが空気中で暴れ回る。物理法則を無視した人為性の無い、理屈の一切ない異常現象。


 「ふむ。お前ならば、この程度は出来るだろうな」


 背徳者の戦術は変わらない。ただ切り株で野兎を待つように、薬袋的自身が現れるのを待つ。確信しているからだ。直接的に首を引っ掻きに来る瞬間を。が、またもそれを嘲るような真似をする。


 「こちらだ」


 薬袋的は……名も無き戦乙女は奴の背後に回っていた。得体の知れない狂気を纏って。腕を組んで、壁に背中を凭れ掛かって。一瞬で背後に回る。いわば瞬間移動。


 「どうした? 私を後ろから襲わないのか?」


 「襲うよ? でも、お前にそのタイミングを示唆されないといけないの? お前を殺すタイミングは私が決める。お前に決定権はない」


 「その前にお前が死ぬのだ!」


 痺れを切らした背徳者は腕を大きく振り回して、薬袋的を退ける。薬袋的は壁の中へ消えて行いった。背徳者の振るった腕は、壁に叩き付けることになる。空振りだ。獲物を見失った、必死に周囲を見渡して……どこから出て来るかを探る。


 が、それを完了する前に、薬袋的が先手を打った。腕だけを地面から突き出し、背徳者の足首を掴みかかる。それこそ装甲がグシャっと、鈍い音が鳴るまで強い圧力で握り締める。そのまま長身の怪人は……何もない鉄の塊に引き込まれる。

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