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 お互いに武器は持たない。純粋な拳と拳の衝突。背徳者は腕を前後に動かす。薬袋的みないいくわはその腕にわざと拳を叩き付けるように、腕を下から上へ動かす。連撃と連撃の押収。血だまりが周囲に飛び取る。しかし、その血液の元は全て……薬袋的の物だった。


 押し負けてはいない。しかし、拳のダメージが尋常ではない。決して互角ではない。


 「そんな捨て身の戦法で勝てるとでも?」


 背徳者は自分の勝ちを疑わなかった。負ける気など全くしない。こんな戦いの勝負結果は、奴の自滅で終わる。そう予知してしまった。女子供だろうが容赦はしない。徹底的に拳をぶつける。それが自分の強さだ。自分の勝ちパターンだ。勝てる方程式だ。


 それなのに、薬袋的は……その名も無き戦乙女も自分の勝利を疑わない。負けそうな顔をしていない。殺されそうになっている、負ける寸前の女性の顔ではない。全くを持って自分の勝利を疑っていない、自信満々の笑顔。勝ちを疑わない。


 意味不明、不可解、理解不能。腕が真っ赤に染まり、着ている真っ白な鎧が血塗れになる。


 「楽しいなぁ。楽しいなぁ」


 具体的な理由があって勝てると思っている訳ではない。切り札や隠し玉があって余裕の笑みを浮かべている訳ではない。ただ自分を信じている。勝てると本気で思っている。本当にそれだけなのである。


 自身のある人間が、自分は負けると思って戦うはずがないだろう。それがもう気色悪くて堪らない。


 「貴様……」


 次の瞬間に怪我の一切は消えて無くなった。時間が逆再生するかのように。傷が完全修復する。まるで悪霊の所業だ。このダメージの無効化は悪霊であれば、さして驚きもしない芸当だ。


 「なんだと……」


 「お前にこれは出来ないよな。お前は百鬼であって悪霊じゃない。まだ、ただの未来から来た怪物だ。私のように悪霊になれていない」


 「くっ……」


 言い返せない。純然たる事実だからだ。百鬼とは黄泉獄龍よもつごくりゅうの書き記した書物である百鬼閻魔帳を現世に投影した怪物だ。時間が経過するにつれて、自分の生前の記憶を思い出していく。そして、この戦いが百鬼同士の殺し合いである。この戦いに最後に勝利した一匹が、レベル3の悪霊になる。歴代最強の悪霊に。


 それなのに、既にもう奴は百鬼でありながら、悪霊の特性を発揮している。


 「呪怨、憑依、声真似、身体の再生、物体の摺抜すりぬけ。この全てが妖力で可能になっているぜ」


 「何故だ……。そんなことが出来るはずがない。それは、この戦いに勝利した上で手に入るはずの代物だ」


 怪鳥やその他の百鬼を憑依して使役した。背徳者に気づ付けられた部分を修復した。自分の父親を呪い殺した。まさに悪霊そのものの動き。そして……薬袋的は壁や床をすり抜けられる。薬袋的は両足から吸い込まれるように、床の中に消え去った。

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