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泥濘

 違和感なんて生半可なものではない。本来は液状でもなんでもない木材の床に引き摺り込まれていく。脳内が理解を拒んでいる。今まで冷静に状況判断をしようとしていたが、今は完全にパニックだ。意味不明なのである。


 「はい?」


 今まで余裕綽々で自信満々な態度をとっていた滋賀栄助もこれには冷や汗を垂らしていた。そわそわしている。色々と複雑な考えを巡らせているのかもしれない。


 「何が起こっているか分かりますか?」


 「引き摺り込まれているだろ」


 「そういう意味じゃなくて、具体的な理由とか、対処方法とか」


 「そういう頭が良くないと出来そうにないのはお前の性分だろうが! 陰陽師のくせに! 何の為に協力体制になったと思っている!」


 「えぇ! なにそれ!」


 コイツの意味のない自信満々な態度には期待しないようにしようと思った瞬間であった。


 沼の特性なのか、足が圧迫されて潰されたりということはないらしい。慌てず騒がず動かなければ沈降は少しは防げる。上半身は浸かってしまったが、まだ敵を視認できる。いや、奴は未だに何も変形していない。本当に汚らしいあの鎧は未だに動きを見せていない。


 「本体を叩けば状況が好転するかもしれません。御札でなんとか栄助さんだけでも助け出します。そしてあの鎧を攻撃してくれませんか」


 相手が動かない以上はカウンターで発動する能力である可能性は高い。あまりにも分の悪い賭けだ。しかし、追い詰められていることも事実である。負債承知で突っ込むしかない。って、あれ?


 「栄助さん。どこに行ったの?」


 後方にいたはずの滋賀栄助が消え去っている。さっきまで、大暴れして逃げ出そうとしていたのに。大暴れ…………。あの人まさか。


 「暴れたせいで、もがけばもがくほど地面が流動して泥濘ぬかるみにハマって抜けなくなって、呆気なく下に沈んでいったとかそんなこと…………あるのか…………」


 あるかも。動いちゃ駄目だろうが!


 「へっ、頼みの綱である栄助さんが死んじゃった。そんな馬鹿な……」


 今頃窒息死しているかもしれない。木材の中で呼吸がマトモに出来るはずがないのだ。もしかしたら、悪鬼に足を引っ張られて、連れ去られてしまったのかもしれない。先に攻撃力が強い方を潰す。戦術としては上等だ。


 「ダメだ。私だけでも逃げ出して、アイツを攻撃するしかない……」


 水属性の御札を取り出した。おそらく相手は土属性の妖怪であろう。ならば五行の弱点は水属性になる。前の血染蜘蛛の火災を防いだ時の御札と同じやつだ。妖力を練りこんだ水を札の中に貯めているのである。


 「コイツを喰らえ!」

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