猛攻
勝つ為に、自分の精神が嫌っていたものを受け入れた。
「喰い殺してやる」
「そうはいくか!」
鍵爪を刀で弾き飛ばす。続く第二撃をもう一つの刀で弾く。虎の前のめりな猛攻を、何度も何度も往なし続ける。生易死難術は自分の恐怖心を受け入れる戦い方だ。神髄には刀を持った状態での護身術である。兎に角、恐怖心に従う。自分の楽な方向へ逃げて行く。自分の身体を後方に下がらせながら、相手の隙を伺い続ける。今まで足運びに関しては滋賀栄助も実践していた。
人間は好調な時ほど油断する。足元が覚束なくなり、行動が雑になっていく。之を用いれば即ち虎となり、用いざれば即ち鼠となる。この原理を悪用して戦う。相手を油断させ、好調にさせ、気持ち良くさせ、勘違いさせて、勝つ。
接近戦などすぐに決着がつくものだ。しかし、そうはならない。攻撃回数を極限まで減らしているので、無駄な動きが一切ない。それ故に疲労もしない。そして、長期戦は暴神立の電撃を充電するのに、とても相性がいい。
「くそっ、このワシが攻め損なっている!」
溶解液は流すまでに時間を労する。背中の砲台は撃つまでに身体を固定しなければならない。安易に大技に頼ることが出来ない。大きく距離を取れば……落雷の餌食だ。
竜驤虎躍。機械仕掛けの虎が鋭い眼光で睨みつけ、滋賀栄助も負け気と睨み返す。
「お前とさっきの獅子。過去の私の知り合いか? 薬袋的の記憶はあるんだけど、百鬼が誰なのかが分からない。お前も私の知り合いなんだろ? 勿体ぶらずに教えろよ」
「ふん……」
あの職場で働いていた医師か医療技術者か。看護師か。薬剤師か。管理栄養士か。助産師か。警備員か。清掃係か。医療事務か。その全ての役職の人々の顔を覚えている訳じゃないけれど、それでも誰だか知りたい。そうでなければ、気持ちが落ち着かない。
「貴様と大した縁はない」
「『山月記』ってあるだろ。外国では王様がロバになるストーリーがあるそうだが、あれは人間が虎になる話だったよな」
江戸時代にはまだ登場していない文学だ。
「私を自意識過剰な男だと言いたいのか。とんでもない……。私は虎のような気品の高い乱暴な人間ではなかった……はずだ。少なくともお前の祖父の気性に振り回されていた人間だ。忘れもしない、奴は私の前で自分の腹を切って『治療してみろ』と言った時には。心から楽しそうな顔で言い放った。あの時は背筋が凍った」
やはり医療従事者だったか。目の前で大きな虎が大きく咆哮する。その高い雄叫びに樹木が震える。秋の紅葉がはらはらと散った。
「お前の祖父は狂っている。私は……家族を守らなくては……」




