神木
海から吹く風が吹きつける。
「ここで会ったのも何かの縁だ。教えて貰おうか? 入れ替わったとはどういう意味だ」
「榎とは……『縁切り』の木なんだよ。お酒を断つ、悪縁を絶つ、病魔を絶つ。そんな亜空切断を超次元的に成功させる木なのさ。全国のどこにでもある御神木である」
では……幼少期の津守都丸は何を切ったのか。自分自身の重みだ。彼は自分の決められた人生に嫌気がさしていた。だから名家の党首である自分の運命を切った。自分の運命から逃げ出した。彼は陰陽師でありながら、恥ずかしくも神に祈ったのだ。古くから、江戸時代よりも前からあった、その地にある神技ならぬ神木に祈ったのだ。
助けてくれ! と。
「御門城に入れる人間は、少ない。名家の党首ともならねば、天守閣には入れない。陰陽師として生きている人間が、最後の最後まで叶わない現実。では、どうやって突破したのか。まだ百鬼を数匹しか百鬼を倒していない、まだ不信感タップリの弱小陰陽師が、どうして中に入れたのか」
津守都丸は仕事中だった。だから、いくら親方様の呼び声であっても、馳せ参じる訳にはいかなかった。しかし、本当に行かない訳にもいかない。だから、絵之木実松として馳せ参じた。名前を偽って、仕事中だという体を崩さずに、親方様の元へ辿り着いた。
と、一同が思っていた。
「私は……」
「お前は絵之木実松だ。いま、『あの女』と一緒にいるのが、津守都丸だ」
そんなことを目の前の男に言っても仕方がないのである。彼は自分が過去の縁を切ったことを覚えていないのだから。『絵之木実松』と『津守都丸』は入れ替わっていることを気が付いていない。
人格が入れ替わっている、という現象じゃない。時代、歴史、時間、空間、その全ての概念を入れ替えたのだから。お互いに気が付いてもいないのだ。いや、そもそも亜空を切断しただけであり、二人が入れ替わっているかも怪しい。多分違う。
確証的なことは津守都丸が自分の定から抜け出した、という現実。そして、これにて世界から重要な何かが消え去ったという現実。だからこの海岸線で名家の党首とは思えない阿保面で佇んでいる男が『津守都丸』であるかも怪しい。また、滋賀栄助と旅を共にしている『絵之木実松』かどうかも怪しい。
二人とも、誰かも、分からない。
「呼応したのさ。過去の狂気と、もっと過去の狂気が。ドミノのピースを誰かが蹴飛ばした。その足は……お前だよ。津守都丸。お前が呪いに手を出したのさ。あぁ、お前は絵之木実松なんだっけ? じゃあ諸悪の根源は? はい、せーのぉ!」




