末裔
笑える、笑って見ていられる、これは傑作だ。こんな敵も味方も訳が分からない殺戮場で、何匹もの戦闘員が血達磨になって、死体となって地面に転がる。その姿を笑いながら見ていた。見ながら笑っていた。
「誰だ……お前は……」
「滋賀栄助。いや……薬袋的だよ。この時代で人殺しをしている」
声の主は女の子だった。和装で綺麗な簪をした美人。そして……彼女の立っている地面には、西洋の甲冑が散らばっている。真っ白な美しい見立ての高価な鎧なのに、まるで投げ捨てたように散乱している。
津守都丸と薬袋的が出会った瞬間であった。
「お前は確か……絵之木実松であるな。可愛らしい。でも、私の方が可愛いのだぞ」
意味不明な言葉遣いで彼を笑う。麗しいお姫様は艶めかしく首筋を見せてみる。
「違う。私は……絵之木実松ではない。人違いだ」
「いいや、違うのはお前だよ。お前が間違っているのであり、私が正しいのだ。お前は優秀じゃない、お前は天才じゃない、お前は党首じゃない。お前が盆負で、負け犬で、笑われ者の、才能のない陰陽師。絵之木実松だ」
気色悪く笑う。目の前にいる女は……悪霊なのかと疑った。しかし、悪霊の波長はしていない。人間の波長もしていない。妖怪の波長でもない。これが……百鬼。百鬼は異国の神獣を模倣して生み出された悪鬼だと聞いた。そして、奴の甲冑は西洋のもの。百鬼であることに間違いないのだが、その気を感じ取れない。
もっと別の何か。
「エノキねぇ。日本の樹木で最も美しい幹をする落木高木。神社仏閣のために植栽される、広い範囲に自生する落葉樹。多くの昆虫の餌でもある。まるで犠牲になることを美しいとでも表現しているようだな」
この狂気的な笑みに美しさを感じていた。可愛らしいと感じてしまっている。将軍家にお仕えし、古くから陰陽師の政治的地位を守る為に活動してきた立役者の一族。その末裔たる津守都丸が……心を揺れ動かしている。
「貴様、百鬼か……」
「じゃあお前はなんだよ」
即座に言い返してくる。首を大きく曲げて、左右に回転させながら振って、お茶目っぽく笑う。
「私は陰陽師の名家、親方様にお仕えする陰陽師。津守都丸だ」
「いいね! でも、お前はそんな名前じゃない。お前、入れ替わっただろ?」
入れ替わった? その言葉に全くの意味が分からない。耳にその振動が届いているのだが、心や身体に入ってこない。理解を拒絶している。
「将軍家に仕えて、陰陽師に金を出させるように脅迫するなんて……誰でも出来そうじゃない?」
「何だと……」
「お前は津守都丸じゃない。絵之木実松と津守都丸は入れ替わったのさ」




