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立身

 ★


 江戸は天下のお膝元。徳川の将軍家が住まうまでは荒れ果てた地であった。人間が少ないので陰陽師も少なかった。それなのに……。


 江戸に陰陽師がやって来た。立場の偉い役人たちが並んでやってきた。この地にはさほど強力な妖怪はいなかったのに、立身出世気を目指して若人が集まって来る。それに釣られて噂をされたい妖怪たちが、魑魅魍魎がやって来る。


 絵之木実松の一族は元よりこの地に住まう陰陽師だった。しかし、世代を重ねる毎に立場が悪くなっていった。虐げられて、血を薄めていった。外来種の出現と何ら変わらない。津守家もこの時期に江戸へとやって来たのである。


 津守都丸は名家の長男として生まれた。生まれながらに才能に恵まれ、あらゆる場所で優遇されて、褒めて崇められて育った。そんな自分が嫌いだった。津守都丸の性格は穏やかであり、残酷だった。


 周りの人間たちは強引だったのだ。大した事をしていないのに、褒められる。凄い功績でもないのに、頭を撫でられる。仲間の犠牲を払って最後のトドメの一撃だけ任されると、力一杯拍手され、万歳三唱された。腹が立って仕方がない。この場にいる誰も自分を正当に評価してくれない。


 祭り上げられているだけ。動物園のパンダと同じ。


 そんな面白みに欠ける人生の中で、とある男にであった。それが絵之木実松。彼は江戸の陰陽師の建物を隅から隅まで掃除していた。埃一つ、髪の毛一つない。厠は蜘蛛の巣一つない、庭は落ち葉一つない、どの廊下を歩いても足袋は真っ白だ。綺麗好きで、仕事が丁寧で、汗水たらして朝から晩まで必死に働いていた。


 津守都丸は絶賛した。自分のしていることより、よっぽど素晴らしいと。自分も彼を見習いたくて早起きをして雑巾がけを手伝った。その数分後、絵之木実松は棍棒で散々殴られた。大事な跡取りをたばかったと。この雑用係の分際で、と。それが津守都丸の人生最初の心の傷である。


 どうして必死に頑張っている人間が評価されずに、ただ呼吸しているだけの自分が賞賛されるのか。偽りの褒め言葉なんか要らない。頑張っている本当の自分を見てほしかった。


 「実松。僕は……君が羨ましい。誰よりも努力して、誰よりも苦しい立場で頑張っている」


 「いえいえ……そんな……」


 「なんて心が綺麗なんだろう。それに比べて僕は真っ黒だ。他人を裏切ることしか出来ない。僕は洗脳能力に長けているんだ。今度生まれてくる将軍様を……裏で糸を引いてあげないといけないんだよ」


 「都丸様にしか出来ない任務かと思います……」


 「そうかもしれない。でも僕は全く惹かれない。僕は……洗脳なんかじゃなくって、自分の頑張りで他人から評価して欲しい」

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