鎖国
戦艦の砲台が地上へ向かって尾を垂れる。そのまま辺りは火の海と化した。ようやく空中に浮かぶ鉄の塊が兵器だと気が付いた。悲鳴をあげて逃げ惑う人々。自分たちの釼先が当たらないことで、慌てふためく武人たち。砲撃を受けた場所から炎が燃え移り大惨事と化す。
相手は黒船じゃない。悪霊だ。
「逃げ惑え。愚民共」
アンノウンが高笑いを浮かべる。真っ黒い歯を見せつけて高笑いする。嬉しそうに火の海を見て拍手喝采を送り、それに呼応してネバット軍隊も拍手を送る。
「さぁ、武雷電を呼んで来い! 殺されたくなければ、あの忌々しい男を呼べ!」
この光景を見ながら悩み顔を浮かべている男がいた。津守都丸。名家の陰陽師の一人である。奈良時代より伝わる由緒正しいお家柄であり、いわば幕府とのパイプ役として知られる。江戸の陰陽師機関の統括であり、直属の上司だ。
では絵之木実松が何で名前を知らないのか。彼は正体を隠して生活しているからである。将軍家に代々使え、政治の裏側に影として存在し、陰陽師との関係性を保ち続ける。鎌倉時代には源家に、室町時代には足利家に、そして江戸時代には徳川家に使える従僕である。時に裏切り、時に欺き、時に洗脳して、関係性を保つ。
「うむ。あれはどうにもならないな」
必要な情報は全て仕入れていた。江戸の町に現れた初期の百鬼の事も全て知っている。未来からやって来た悪霊を百鬼と呼び、現代の陰陽師では到底太刀打ちできない存在であることも。戦闘する意思など一瞬で消え失せた。
「あれは、どうにもならない。俺では……」
黒船来航。未来予知の能力を持つ名家の党首、既に故人と化した弓削家の党首から、そのような言葉を聞いていた。いずれ異国からやってきた人間が、日本に対して開国を迫ると。その時代の流れを身を投じろと。だが、あまりに時代が早すぎる。今は八代将軍だ。黒船来航は十二代将軍の時代……。時間軸の崩れではなく、単純に未来からの乱入者が現れたという話だ。
アニメや特撮の撮影なら笑って見ていられる。しかし、現実は非常だ。本当に人の血が流れてしまえば、それはあまりに残酷である。
「この津守都丸。あまりに無力だ……」
若き陰陽師だ。党首と言えども年齢は20歳前後。今が一番に働き盛りのの若者である。そんな彼には希望があった。唯一の百鬼への勝ち筋があった。自分の配下には、あの絵之木実松がいる。その奥さんは百鬼を倒すことが出来るらしい。あの二人が江戸に帰っていることを耳にした。将軍のお膝元で働く陰陽師たるもの情報収取能力はずば抜けている。この詠み調べ能力こそ、津守家の代々伝わる特殊技能だ。
相手の思考を読む、のではなく、知りたい知識が自然に流れてくる。
「絵之木実松……俺の親友……」
彼は幼少期に陰陽師機関にて……絵之木実松と一緒に過ごした過去がある。




