仕打
「お前は栄助じゃない。出て行け! あの子をどこへやった……」
人格が変わる。意識を乗っ取る。声真似をする。記憶を辿る。悪霊の上等手口だ。一般人には全くの馴染みの無い現象かもしれないが、人格が変わり果ててしまうことなど、陰陽師としては珍しくない現象だ。
「この性格はお前が望んでいた跡取りへの性格じゃないのか」
「その通りだ。今のお前は私の理想通りだ。相変わらず剣術の才能は無いようだがな。しかし、お前は理想であっても本物じゃない。お前は……あの子じゃない……」
滋賀勇太朗には今の滋賀栄助を受け入れられなかった。彼はまだ葛藤している。自分の娘は理想通りには成長してくれなかった。性格は女の子らしいままだった。しかし、数月の時が過ぎて、娘の性格は理想的になった。一瞬は喜んだ。きっと旅の道中で何かしらの苦難を乗り越えて成長して帰って来たのだろうと。
しかし、そうじゃなかった。娘は別の誰かに変わっていた。
「否定しないよ。記憶も肉体も滋賀栄助だが、確かに私はお前の知っている滋賀栄助じゃない」
「やはり……そうなのか……」
「アンタの娘さんは富士の樹海で身を投げて死んだ。もう故人だ。私は……その身体を頂いただけ。この身体は死体だ。もうお前の愛する娘の命はどこにもない」
「やはり……死んでしまった」
「お望み通り出ていくよ。少しの間だったけど……楽しかった。有難う」
滋賀栄助は身支度を始めた。絵之木実松がいる前で衣類を畳む。元より二人とも手荷物など少ない。支度はすぐに終わる。栄助は悲しそうな顔をしていた。滋賀栄助と薬袋的は同じなのだ。同じように……家族に利用されて殺された。
「言わないのか? お前が栄助の記憶を所持しているなら、私があの子にしてきた仕打ちを知っているだろう」
「何を言って欲しいんだよ」
「お前が……娘を殺したのだと……」
親が娘に理想を押し付けるのは当然のことだ。娘がそれに反発するのも当然のことだ。でも、その当然な常識に頭の先まで浸かり込んだ結果がこれだ。
「知らないよ。お前がそう思うなら、そうなんじゃないのか」
少しイラついた声で言い返す。片目を瞑って大きく息を吸い込んだ。
「でも、私が偽物だって気が付いたんだろ? ならば、それは本当の愛なんじゃないのか? 自分の理想よりも、実在する娘を優先したんだ。最後の最後でお前は父親になったんだよ」
それだけ言うと滋賀勇太朗は膝を落とした。地面に這い蹲り涙を流す。苦しそうに呻いて萎れてしまった。そんな彼を捨て置いて二人は部屋から出ていく。
そして、絵之木実松は知った。やはり、滋賀栄助は死んでしまったのだと。




