禿鷹
滋賀勇太朗は馬鹿じゃない。薄々は気がついていた。自分の娘が自分の思い通りに生きていないことを。自分が好ましいと思う人間を、娘も好きだと思っていないと。理想を押し付けているのだと。
「貴様……私はお前のような貧弱な男は認めない! いくぞ!」
「認めないって。認めて貰おうと思っていませんから……」
と、その次の瞬間に背後から……滋賀栄助が筋の良い一太刀で、自分の父親を頭を上から撃ち抜いた。呆気に取られて声も出ない。滋賀栄助はにっこりと笑ってはにかんで見せる。
「おはよう!」
「おはようございます」
お父様は道場の真ん中で仰向けに倒れ込んでしまった。まだ明朝なので二度寝といった感じか。全く受け身を取れていなかったので、完全に伸びてしまっている。以前の滋賀栄助もこんなヤンチャなことをしていたのだろうか。
「朝ごはんだぞ!」
★
「私の名前は……」
名無戦乙女は富士の樹海の真ん中で天空を仰いでいた。空には奇妙な大群が見える。まるで渡り鳥のⅤ字飛行……いや飛行隊だ。実際には百鬼が姿を変えた伊代羅刹龍の配下達だが。そんな有象無象を見て、小さく笑った。薬袋的の姿をした百鬼……。
「死体を使う技術は悪霊としては珍しくない。ホラー映画では常套手段であり、さして珍しくも無い」
名も無き戦乙女の片割れには……巨大な怪鳥がいた。その名をハーピー。頭から胸までが女性の姿で下半身が鳥の姿の怪物。老婆のような顔、禿鷲の羽根、鷲の爪を持つ。しかし、その姿は大きく変わっていた。
「黄泉の国の怪物……それがハルピュイア」
食欲が旺盛で、食糧を見ると意地汚く貪り食う上、食い散らかした残飯や残った食糧の上に汚物を撒き散らかして去っていくという、この上なく不潔で下品な怪物。
名も無き戦乙女はこの場に集まった百鬼を怪鳥に喰わせた。それはもう残酷に。もう真横にいるのはハーピーではない。青銅の鎧を皮膚としてまとい、黒剣を背負い、腕や足は太く強靭になり、全身の羽は退化して橙色の炎を纏う。迸る気色悪い妖力。本来ならば……巨大化は悪霊としては弱体化と同義だ。妖力を垂れ流すだけの状態。しかし……。
「恨みとは巻き散らすものではなく、押し付けるもの……とはよく言ったものだ」
翼は退化している。もう空を飛ぶことは叶わない。飛翔能力を得ることが出来ないまま進化した鳥類のようだ。ダチョウ、エミューなどの走鳥類に属するような……古代生物ディアトリマのような姿だ。まさに逆進化。この退化を無理やり妖力をねじ込むことで維持している。
「もっともっと小さくするはずだったのに。このサイズが限界か……。妖力を巻き散らすのではなく、肉団子のように……練り込んだ」
ここまで怪物らしい見た目なのに……老婆の顔を保っている。飛べない翼から溢れる炎が……全身を滾らせる。すぐに戦わせろと。




