巻藁
凛とした表情で佇む。滋賀栄助の父親。自分の娘は行方不明で、それを気が付くことが出来ていない。剣術の達人で、武家の大黒柱で、多くの剣士の指南役。滋賀家現当主、滋賀勇太郎。
「お前、誰だったっけ」
「絵之木実松です」
「娘はお前のような非力な人間に恋をする人間じゃなかった。もっと、男らしい男を好きになるはずだった。お前に栄助を幸せにすることは出来ない」
男らしい男が好き。単純にこの話を信じることは出来ない。出会った時から薬袋的の乗り移った滋賀栄助のままだったから、本当の滋賀栄助の性格を知らない。しかし、本当に現状に人生に満足していたならば、富士の樹海に身を投げなかった。彼女は苦しんでいたから家出をしたのだ。
「持てよ。くれてやる」
自分が持っていた竹刀を投げつけられた。肩に当たって地面に落ちる。
「真剣勝負だ。私は武器を使わない。お前だけが剣を振れ。それで勝てれば娘をくれてやる」
「え……」
きっと厳しい父親を演じているのだろう。どこの馬の骨とも分からない男に愛する娘は渡せない。定番の台詞でも言いたげな表情で。
「昨日は不意打ちをして申し訳なかった。是非、名前だけではなく、君の色々なことを知りたい。勘違いしないでくれ。後学の為に研究さ。娘にどんな虫が寄って来るのか、それを知りたいだけなんだ」
威嚇をしている。数月前の絵之木実松ならば震え上がって動揺しただろう。この父親の威厳に圧倒されて。しかし今の絵之木実松には何とも思わなかった。百鬼との闘いの中で、恐怖や絶望に向かう合う気概を学んできた。今更、結婚に反対する父親が剣豪だったのだろうが恐れるに足りない。陰陽師という素性は明かせないので。
「えっと。江戸で活躍している商人ですよ。真剣どころか竹刀も持ったことないです.
こんな素人でも良ければお相手しますけど」
卑屈なことを言いながら物怖じしてはいない。少し笑みを浮かべながら竹刀を前に構える。
「この俺に勝てるつもりか」
「素人と言ったでしょう。勝てるはずないじゃないですか」
「では娘を諦めると?」
「そんな交渉に応じたつもりはありません。巻き藁の代わりにはなりますけど、栄助さんとの結婚を掛けた勝負なんてしませんよ」
怖気づかない。恐れない。慌てない。動じない。余裕も油断も覚悟もないが、それでも心を乱さない。
「意味が分からないな。私に勝てなければ……」
「今まで手も足も出ない、全く歯が立たない相手の前に……私が何度立ったと思っているんです? 一度も自分で勝利なんか掴めなかった。何度も逃げ出した。それでも戦い続けたんです」
「何の話をしている……」
「負けることを恐れていませんし、栄助さんを諦めることもしない。そうやって生きていくって言っているんです」




