竹刀
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滋賀栄助の実家に帰って来た。滋賀栄助は既に故人である。しかし、この家族の方々は誰もそれを知らない。自分の娘が既に死んでおり、他の誰かに乗り移られている。それを知ることはない。最初から歓迎はされていなかった。茶の間に足を通すまでは、付き人扱いされていた。まさか結婚相手と思っている人はいないだろう。
以上の理由により、家の中に通して貰うことは叶った。家政婦からは『コイツ、いつまで付いてくるつもりだ』と軽蔑の目で見られていた。笑顔で手を振るも目線を逸らされる。滋賀栄助は久しぶりの実家に心を脅させているようで、廊下を駆け足で走り去る。本当に子供のような人だ。
居間には両親が胡坐と正座で待っていた。久しぶりに行方知れずだった娘が帰って来たことに安堵。嬉しそうな顔色を浮かべて家族同士抱き合った。微笑ましい光景だ。滋賀栄助には帰るべき場所があったのだ。
そして、数分後にこの両親の顔色が激変する。あれ? あの男? なんでまだ「失礼します」って言わないんだろう? 挨拶とか要らないのにな、という目線をチラチラ向けられていたのだが、意を決して大声を出した。身を乗り出して名を名乗り、深々と頭を地面に擦り付けてみる。
「娘さんを僕にください!」
「あ、あ、ふざけるなぁ!」
この台詞を人生で一度は言ってみたかった。当然、受け入れて貰えない。父親からは激昂され、母親からは大泣きされた。ちゃぶ台返しを顔面に受け鼻血を流し、顔面蒼白になって気絶した。その姿を見て滋賀栄助は大笑いしていた。
滋賀家は名のある武家の名家である。その一人娘をお嫁さんとして引き取ることは難しい。その家族からは全力で拒絶された。意識を取り戻し布団から身体を起すと、隣で滋賀栄助が大の字で寝ているのだから笑えてくる。
名だたる剣術道場の跡継たちが滋賀栄助に求婚した。その剣術の才覚を、遺伝子を欲していたからだ。滋賀栄助自身はさほど腕筋が良くはないのだが、滋賀家の実力は本物だ。将軍家にお仕えし指南役を仰せつかった場合もある。伝説の実践剣術が学べる道場。
朝早くからお父様は打ち込み機を利用して剣術の稽古をしていた。気合の入った掛け声と、真っ白な道着、そして軸がぶれることない真っすぐした佇まい。もう長い間泰平の世だというのに、一体全体誰と戦う準備をしているのか。それとも己を磨き上げる為だけなのか。陰陽師の絵之木実松としては理解に苦しむ光景だった。
入口から覗いていることなど即座に見抜かれる。そのまま腕を引っ張られ寝巻のまま道場に連れてこられた。徐に竹刀を手渡される。その顔は真剣そのものだ。
「私は貴様に名乗っていなかったな。私の名前は滋賀勇太朗。覚えてくれなくていい」




