寿司
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逆鱗蝙蝠たちの出現から百鬼はしばらく現れないまま三か月が経過した。全国各地から不吉な噂を搔き集めているが、全く情報は回ってこない。百鬼将が何を考えているのか分からない。心を痛める戦いが続いているが、そこで分かったことも多い。百鬼とはどんな悪霊なのか解明されつつある。
「うまい、うまい。うまいけど、ご馳走様でした」
「相変わらず小食ですね」
「胃袋が小さいんだろうな。本当はもっと食べたいんだが」
滋賀栄助と絵之木実松は百鬼探索という名目の自由行動が許されていた。もうこの二人の行動を縛った所で意味がないと悟ったのだろう。百鬼を倒すという信念を信頼して貰った。陰陽師機関はこれ以上にないくらい疲弊しきっている。最高幹部が三人死んで、残り二人は行方不明。敵はまだ何匹いるか分かった数ではない。
これが、絶望だ。
「美味しいですね」
「あぁ。私は気にせず食べていいからな」
場所は富士の山の麓。江戸の町から少し離れた地で寿司を堪能していた。百鬼を討伐したお礼を頂いた。この辺は水上几帳が取り計らってくれた。いざ、百鬼と全面戦争になった場合に、滋賀栄助が心を壊れてしまってはいけない。そんな言葉を優しい笑顔で言っていた。かの薬袋纐纈とは違った表情で、笑顔の絶えない人である。
「でも、本当なんですか。栄助さんが目覚めた場所が富士の樹海って」
「あぁ。この辺だったぜ」
富士山。日本最古の物語に登場する日本一高い山だ。かぐや姫が天皇に対して不治身になる薬を授けるも、その薬をこの山の頂上で焼いてしまった。そういう逸話のある……自殺の名所である。富士で目が覚めたと聞いた時には考えてはいけない連想をした。
まさか、この時代の滋賀栄助さんは……自殺したのではないか……。
「ちょっと聞いてもいいですか? 栄助さんが小食だったのって昔からですか?」
「いいや。鱈腹食べていたよ」
「じゃあ、この時代の滋賀栄助さんが小食なんでしょうね」
薬袋的は死んだ滋賀栄助の身体に乗り移っている。そう考えてしまう。果たして滋賀栄助は生きているのか、死んでいるのか。
「私は滋賀栄助としての記憶がある。そして、薬袋的としての記憶もある」
滋賀栄助が不意にそう語った。
「だから滋賀栄助の実家に帰ることが出来た。その時に誰も私の姿を見て、誰も驚きはしなかった。母親とか父親とか、玄関先で転びそうになりながら、駆け付けてくれたんだけどな。服が汚れたとか、髪が乱れたとか、そんな外見ばっかり気にしていた」
偽物だと感づかなかった。誰も察知出来なかった。愛情が無かったかのように。
「そいつ等が鈍感なのか、私が滋賀栄助そのものなのか」




