氷獄
二匹は滋賀栄助の言葉を無視して喧嘩を続ける。この二人は先ほどの自滅した蝙蝠と違って、自分で選んで百鬼になった類ではない。無理やり百鬼の末席に加えられた奴らだ。可哀想と言えば可哀想なのだが。物語通りに設定された可哀想な化け物。
「くっそ!」
氷獄蝙蝠の左腕を切り落とした。それでも振り向かない。煉獄蝙蝠の右足を切り落とした。それでも振り向かない。百鬼に効果のある伝説の妖刀を二本同時に操り、その剣技にて切り伏せるという一大イベントをも無視して喧嘩をする。腹立たしいことこの上ない。
陰陽師は妖怪をとらえて式神とする。妖怪の妖力に自分の妖力を注ぎ込むことを式神契約という。そうして自分に都合の良いように使役するのだ。逆鱗蝙蝠も同じような真似をした。生前は陰陽師だからやり方を知っていたのだ。そして同じように自分の元仲間を使役しようとして失敗した。
「無視するな! 無視するな! 無視するな!」
連続切りを浴びせても全く気にしない。顔を押し合って喧嘩を続ける。楽しそうに、怒り狂って。そして、この二匹がようやく……声を出した。
「どうしてあの時に、あんな場所に行ったんだよ! 殺されたじゃないか!」
「いやぁ、殺されても、こうやって生きていますから……」
「陰陽師の皮を被れば元のような姿に戻れるんじゃないのか!」
「その前に僕たちは悪霊になりましたから……」
「そう思ってあのバカに憑いていったのに。先にくたばりやがって。これじゃあ、俺たちも犬死じゃないか!」
感づいた。この二人は……陰陽師なのだろうが……。氷獄蝙蝠の物語は地獄に君臨して罪びとを永久凍土の世界に閉じ込めておくこと。煉獄蝙蝠は罪を犯した人間を地獄に送り込んで業火を浴びせること。この二人の地獄は……実は別々の場所である。
二人は泣き出し始めた。まるで赤子のように。大声をあげて。
「あぁ、頭が戻っていく……思い出していく……」
「あんなの理不尽だ。こんな理不尽があって堪るか! あぁ、思い出していくぞ!」
絵之木実松の勝手な直感だ。その直感が導き出した結論は……元の人間に戻っていくということだ。以前に戦った『底無し茶の間』でも同じような概念が出て来た。物語が終わり……元の人間に戻る。原作に忠実な百鬼と、そうではない百鬼がある。この違いは、この世界に見参した『時間』だ。
時間だったのだ。百鬼閻魔帳に記された物語が終わってしまえば……元の人間だった頃の自分を取り戻す。こいつ等は今までは化け物だったが、今からは人間なのだ。まあ発言から察するに誉められた人間ではなかったようだが。
元の自分に戻りたかっただけ、なのかもしれない。
「いい加減にしやがれ。コッチは戦いたくないのに、精神がズタズタでお前たちの相手をしてやっているのに。それなのに! どこまでも無視しやがって。お前ら……何なんだよ!」
力任せの大振りだった。横一直線に剣の跡筋が出来上がる。二人仲良く首が跳ねとんだ。怒り狂った蝙蝠の顔と、嘲け笑った蝙蝠の顔。その二匹が同時に煙になって消えた。




