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小者

 『貴方達への最後の抵抗です。僕は江戸時代の陰陽師だ。ただの弱者でしょう。しかし、狙わずして、あなた方に歯向かう力を手に入れた』


 痛みを訴えている。歯茎を見せて舌を伸ばし目を見開く。


 「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙」


 『強い側につく。それは素晴らしいことだ。他人を裏切ることは生きる上で大切な習慣だ。しかし、人を裏切るにも才能が必要です。貴方は……ただの馬鹿だ。翼が生えた程度で龍になれた気分でしたか』


 「う、うるせぇ」


 『薬袋纐纈に利用されていただけ。仲間を見殺しにしただけ。ただの小者ですよ』


 陰陽師が何故、組織を裏切ってはいけないのか。現代の陰陽師ならば、確実に死刑になるから、と答えるだろう。例え洗脳能力を持つ悪霊に操られただけでも、陰陽師は死刑になる。無惨に見せしめで殺される。長きに渡って陰陽師は組織的に裏切りに対する処罰を厳しく設定してきた。そういう伝統を作った。


 しかし、本質的な答えではない。大昔の人間は陰陽師の裏切り行為を知っている。平安時代にはそういう人間はいた。そうして悪霊に心を売った馬鹿がいた。そいつ等がどうなったか。


 全員、死んでいるのである。


 「なんだ、これは……」


 『貴方が本来持っている陰陽師の波長を、思い出させているのですよ。百鬼の波長は人間の波長を受け付けない。しかし、貴方の内部から、貴方自身の妖力を湧き上がらせれば……内部から貴方はぐちゃぐちゃになる』


 口から滝のように流血した。真っ白な歯が真っ赤に染まる。地面に顔面から付き落ちて、そのまま蹲った。血涙も垂れ流している。両手を頬に押し付けた。数秒後に黒い粉となって消える。逆鱗蝙蝠は……『陰陽師の逆鱗に触れた』。やってはいけない禁忌を犯した。それは、ただの自殺行為だったのである。裏切り者の蝙蝠に居場所はない。そのまま塵となって消えた。


 この人間、妖怪、悪霊の波長を掛け合わせるには……時代が足らなかった。昭和の時代にしても、その禁忌を超えるだけのシナジーは無かった。


 「勝手に死にやがった……」


 「栄助さん! 油断できません! まだ二匹います!」


 氷獄蝙蝠と煉獄蝙蝠が立ちはだかる。逆鱗蝙蝠との式神契約が切れたことで、寧ろ元気を取り戻した感じがする。先ほどよりも体格が大きくなり、腕や足が太くなり、牙や角が更に鋭角になる。そして、絵之木実松は感じ取った。


 退化したと。百鬼……いや、悪霊において巨大化は……弱体化でしかない。身体中から妖力を垂れ流している状態。身体中から妖力を蓄積しておけない。更には二匹で喧嘩を始める。腕と腕を押し合って炎を打ち消し、氷を解かす。互いが互いの足を引っ張る。互いの能力を相殺する。氷獄蝙蝠が挑発して、煉獄蝙蝠が怒り狂う。


 「おい、無視するなよ。お前たちの相手は私だろうがぁ!」

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