急須
絵之木実松は悔しそうに歯を食いしばる。刀を強く握り締めて、大きく深呼吸をする。
「この屑野郎。……お前達なんか陰陽師じゃない。ただの悪霊だ。殺される覚悟があって、悪霊になったんだよな!」
怒りは演技ではない。しかし、現実的な狙いがあったならば、滋賀栄助に本気になって貰う為だ。先日のストレンジャージレンマとの戦闘で、絵之木実松が闇荒御魂を振った所で、脅威にはならないことははっきりしている。しかし、それでも……。
落ち込んでいる滋賀栄助が本来を取り戻してくれるならば。
「おうおう。そう来なくちゃ……殺される覚悟なんてないぜ!」
肩の上から巨大な蝙蝠が浮き出る。炎を纏う蝙蝠と氷を纏う蝙蝠。
「勝てる側に付くのは……蝙蝠の本懐だろうがぁ!」
★
「見逃して欲しい」
薬袋纐纈は毎日曝け出している気色の悪い笑顔で青年たちに言った。悪霊出現の噂を聞きつけて陰陽師たちが武装してやってきた。まだ、薬袋纐纈の経営する病院が、そこまで悪評が上がっていない時期である。少しの問題でも陰陽師がすぐに動き出す。
「見逃して欲しいって……アンタ。お医者さん……」
「この病院は悪霊の魔窟と化しており、かなり危険な場所になっていて、既に死者が何人も出ていて、これからも増え続けるのだけど。それでも見逃して欲しい」
「ボケているのか!」
陰陽師は人間から記憶を奪える。この男は危険だと一瞬で見抜いた。記憶を根こそぎ奪い取っても足りないかもしれない。そもそも陰陽師だと気づいておきながら、病院内の綺麗な客間にお連れして、恭しくお茶と菓子で持て成し、一片の曇りもない笑顔で対面に座っている。夏休みが始まった小学生でも、こんな笑顔じゃない。
「君たち三人は陰陽師なんだね! 是非、会いたかった! 陰陽師の身体に興味があったのだよ。出来れば解剖手術に協力してくれると有難いのだが」
背筋がゾッとした。恐怖で身動きできなくなるような気分だ。張り詰めた空気が襲う。
「おっと、手が滑った……」
陰陽師三人組は出されたお茶など見向きもしない。食べたら死ぬことを悟れたからだ。怪しすぎて触れることも謀る。と、お茶もお菓子も嫌煙していたのだが、薬袋纐纈がうっかり手に掴んだ急須を……蓋を開けて目の前の陰陽師に叩き付けた。
火傷により反射的に顔を覆う。両手で顔を覆い、泣き叫ぶ。残りの二人が……構えた。
「急須には高濃度の硫酸を加えてみたんだ。よく味わって飲んでくれ」
「い、痛い……痛い……」
「貴様ぁ!」




