岩垣
大蝦蟇は伝承を良く知られる妖怪だ。岩垣に例えられ、訪れる人々の生気を吸う怪物。人間を長い舌で丸呑みにする。妖術なども使う由緒正しき妖怪だ。一般の漫画雑誌や忍者の物語でもよく知られる。その奇妙な生態に人間が畏怖を現した証拠。
そして、次の瞬間に氷漬けにされた。天賀谷絢爛のお札に封印していた二匹の百鬼が姿を現す。煉獄蝙蝠と氷獄蝙蝠。本来ならば式神になる妖怪などではないし、お札の概念など通用する相手ではない。天賀谷絢爛は『ヒザマ』という妖怪を扱うのであって、このような状況は本来的に有り得ない。
賀茂久遠によって張られたお札を剥がし、破り捨てる。全く効いていないと言わんばかりだ。恍惚な表情。自分が強者だと思っているいけ好かない野郎を地獄の淵に叩き込んだ顔つき。蝦蟇蛙は氷獄蝙蝠の吐く息を受けてしまい、一瞬で氷塊と化す。あまりに有り得ない状況で全員が呆気に取られていた。その隙に殺された。虚し過ぎる最期であった。
「なんだこれ……」
「どうして百鬼がお札の概念を使える……。百鬼が百鬼と式神契約など……考えられない」
「わ、私の式神が……」
蝦蟇蛙の契約者は賀茂久遠である。一歩的に妖怪との契約を破棄された。その光景に心底絶望していた。名家の党首の中でも最年長。最も自分に自信があり、能力を過信しており、他人を見下している男。それが瞬殺されてしまったのだから。江戸時代中期である今なら、最強の陰陽師として三本指には入る実力。紛れもなく本当に強い陰陽師。最強の感知能力を持ち、陰陽師の当たり前が全て最高スペック。代々受け継いできた天才的な家系。あの平安時代に活躍したレジェンド。
それが……煉獄蝙蝠の軽い一捻りで首を折られた。一番、先頭に立っていたからだ。あまりに無惨であり、短時間であった。小手先を振るうかのように。猫が鼠の玩具を引っ掻く仕草のように、あまりに突然に殺されてしまった。
その場にいた全員が震えあがる。滋賀栄助を除いて。勝てる相手じゃない。この時代に来た理由がようやく頭の中で理解しつつあった。昭和の時代ならば、もっと対抗策があったかもしれない。しかし、今の時代にこんな相手と戦って勝てるはずがない。
いわば、絶対に勝てる時代まで逆行してきた。単純かつ明確な理由だ。今まで分かっておきながら、それを意識せずに否定していた。しかし、もうこれは納得せざるを得ない。
「何だった、この老害。気持ち悪いな……。人の会話の邪魔しやがって」
相手が何者だったのか興味もないような表情である。




