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蝦蟇

 逆鱗とは伝説の妖怪である龍の身体の一部である。龍の81枚の鱗のうち、あごの下に1枚だけ逆さに生えるとされる鱗のことをいう。元々龍は人間に危害を加える生き物ではないが、この逆鱗に触れてしまうと性格は豹変する。触れた人間を殺してしまう。誰かの激怒を呼ぶ行為として、比喩表現で利用される。


 「コイツは私を殺そうとした。まだ何もしていなかったのに。炎の鳥を呼んで燃やそうとした。私は自分の身を守る為に戦った。なのに、コイツときたら、泣きべそかいて逃げ出した。初めから化け物と恐れて逃げ出すなら分かる。潔く戦い抜くなら良い。しかし、コイツは自分を引き立てる為だけに、この私を殺そうとしたんだ」


 悪鬼など殺せて当たり前。それが陰陽師の世界のルール。相手は罪のない人間を殺す生命体。陰陽師が正義で、悪霊が悪。それが、長きに渡る教育で染み渡った常識だ。


 「それは情けないな」


 即座に賀茂久遠が応じた。しかし、友好を築く為の同意や共感ではない。単純な天賀谷絢爛への軽蔑だった。死体を弄ばれるなど愚の骨頂。もうさっさと死んでくれといった感じだ。軽蔑の目を差し向けて、お札を取り出した。殺気を放っている。


 「会話する気ないってか」


 「おおい!」


 滋賀栄助が大声で会話をぶった斬った。賀茂久遠のような相手を殺す為だけの怒りの感情を向けていない。もっと色んな感情を含んだ怒りの感情だった。


 「お前、薬袋的みないいくわを知っているか。関係性があるなら教えてくれ」


 「……ほう」


 百鬼は死人だ。昭和の時代に薬袋纐纈が経営していた私立病院の周囲で、悪霊に関わる死に方をしているはず。滋賀栄助の興味はそこにあった。落ち込んでいないで声に出すのは、滋賀栄助らしい。


 「俺のことをお前は知らないだろう。俺はお前のことを知っているけどさ。病院関係者だよ。お前の近くにいた人間だ。病院内で俺は働いていた……丁度、お前の爺さんの店が繁盛しだした……うお!」


 賀茂久遠が動いた。言葉を発している途中にも関わらず、何の見境もなく。奴の発する言葉は大事だったかもしれない。聞くべき内容だったかもしれない。それなのに……。今度は賀茂久遠が会話を叩き切った。


 「お前の相手は私だろう」


 陰陽師らしい攻撃だった。お札を投げ飛ばし眉間に付着させる。五芒星が浮かび上がり、身体を奪われた天賀谷絢爛は苦しそうな顔になった。封印術である。唐突に天賀谷絢爛の背後に式神が現れる。大蝦蟇おおがま。巨大なアマガエルである。立派な着物を羽織っている。


 「殺してやるぞ、百鬼!!」

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