自粛
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三匹の悪鬼が気色悪く笑う。逆鱗蝙蝠、氷獄蝙蝠、そして煉獄蝙蝠。御門城を木陰から舌なめずりをして眺めている。逆鱗蝙蝠は戦死した天賀谷絢爛の姿をしている。煌びやかな服装をして、金色の髪留めをして、宝石や装飾品を付けて、鮮やかな格好をしている。目つきが悪いのも変わらない。
煉獄蝙蝠は全身を炎に包まれている。業火の炎に焼かれて身体は燃え盛り、顔は阿修羅のような憤怒の顔を浮かべている。口から炎を垂れ流す。両腕、両足が太く、二足歩行で地面に降り立つ。鍵爪が太く、蝙蝠の特徴である薄い羽が欠如している。代わりに背中には金色の車輪を背負っている。また、腹、両肩、両腕にも金属で形作られた車輪を装備している。見た感じは全く蝙蝠の面影はない。怒りの感情で全身に筋が浮かぶ。その姿は仏教の神様の姿に似る。
「面白い、面白い、あぁ……」
氷獄蝙蝠と煉獄蝙蝠をお札の中にしまった。まるで、妖怪を式神として従えて使役するように。炎と氷の力が宿る。水色と紅色のお札に仕上がった。それを両腕に隠してまた下卑た笑いをする。楽しくて仕方がない。今から始まる殺戮劇が。
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賀茂久遠は苛立っていた。ここまでの醜態を晒したのは初めてである。天賀谷絢爛や猪飼慈雲とは違う。由緒正しき陰陽師の家系であり、その強さを今まで遺憾なく発揮してきた。本当に強い陰陽師だ。弓削家や土御門家と共に世界を永劫的に守る、そう思っていた。だが、賀茂家も衰退の一途を辿る。もう後続がいないのだ。陰陽師として優秀な人材が生まれなかった。血縁を絶たれる焦りが全身からあった。
肩を並べて戦って来た弓削家は姿を見せずに百鬼に殺され、土御門家は子供を送り込んでくる。陰陽師組織そのものの崩壊の兆しを彼は感じていた。最強の感知能力を持つ彼だからこそ、この為体を一番に恐れていた。このままでは……。
「来る……」
三匹の百鬼の居場所を察知した。他の連中は気が付いていない。まだ遠方にいるが、確かにこの大阪都心へ確実に足を進めている。このままでは交戦になる。親方様を逃がす為にも誰かが犠牲にならなくてはならない。誰かが残らなくては。
「おい、皆の衆聞くが良い。親方様……恐れながら申し上げます」
また爺さんの嫌味かと思い滋賀栄助が嫌そうな顔をする。親方様はまた蚊帳の中でコクリと首を動かす影が見えた。またも声を発しない。猪飼慈雲が身を乗りだして心配そうに声をあげた。
「まことか!」
「南南西の方向から三匹。ゆっくりではあるが、此方へ向かっている」
この言葉を聞いた瞬間にその場にいた全員が滋賀栄助の方を向いた。絶大的な信頼感を乗せて。しかし、その目線にも意を介さない。滋賀栄助は舌打ちをする。またかよ、と。
「随分と早いね。先の大量発生で少しは自粛してくれているものだと思っていたけど」
「そうも甘くないようだな。滋賀栄助殿。お主に討伐を任せたい。無論、我々も同行させて頂こう。では、出陣だ」
賀茂久遠は気にくわなかった。あのやる気も覇気もない女が祭り上げられていることに。階級を知らず、恩を溜めず、陰陽師の家系ではなく、女性である。気に入らない点だらけだ。最初は絵之木実松を警戒していた。奴は礼儀正しく陰陽師の規範を心に持っていた。しかし、奴の頭からそれが薄らいでいる気がする。それも奴の仕業なのか。
最強の陰陽師である自分を頼って貰えない。




