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鳥瞰

 残る二人の名家の党首は現れない。親方様の呼びかけに応じないなど万死に値する有り得ない所業なのだが、誰も彼らを咎める言葉を言わなかった。もう既に百鬼に殺されているだろう。そう考えて然るべきなのだ。あの百鬼の大量出現の被害は今は一時的に落ち着いているが、何の心配も吹っ切れない。百鬼はまだ大勢残っている。


 ここまで追い詰められていて親方様は何も発してくれない。


 「親方様……如何いたしましょうか」


 猪飼慈雲が震えるように声をあげるも、やはり親方様は何も声を発しない。無意味な時間が過ぎるのみだ。本来の滋賀栄助ならば、寝っ転がって居眠りし出す現状だろう。しかし、彼女は生気がない目でぼんやりとしているだけ。栄助の精神状態が心配過ぎて、絵之木実松は会議の内容が全く頭に入って来ない。


 「おい。青二才。貴様が吉原で知りえた情報は確かなのか?」


 苦い顔をしていた賀茂久遠が声を出した。そう彼らはもう知っている。相手が未来からやって来た悪霊であることを。そして、滋賀栄助が未来人であることも。


 「本当です」


 絵之木実松の発言に間髪入れずに言葉を続ける。


 「未来から来た悪霊と戦っているならば、苦戦は必須だろう。しかし、倒せないというのは、どういった了見だ。相手は悪霊としての進化を望み、この時代にやって来たと。ならば、まだ少し先の未来では、奴らは進化していないはずだ。何故、未来から来たという理由だけで倒せない」


 「分かりません」


 「貴様の持ち帰った闇荒御魂やみあらみたまと、その娘が元より所持していた暴神立……いや天和御魂あまのみぎたま。それを貴様等しか使えない理由は?」


 「分かりません」


 「先の報告であったその娘の祖父、また御門城を襲撃した百鬼将。どのような関係性だ。能力は?」


 「他の百鬼の鎧として寄生する獄面鎧王、百鬼を竜に昇華させる伊代之羅刹龍、元俳優……演劇史で強靭な身体を持つ武雷電。あと一匹は分かりませんが、百鬼閻魔帳の作者と言われる人物です。薬袋纐纈の友人にも物書きがいたそうなので、恐らくソイツかと」


 「ふん。分からないことだらけだな。このような時世で無ければ打ち首だ」


 そうは言っても分からないものは分からない。小馬鹿にして鼻で笑う賀茂久遠に返す言葉が無かった。そして、賀茂久遠は滋賀栄助を睨みつける。


 「おい、小娘。この戦いが終わったら腹を切れ。貴様の一族が原因で引き起こした惨事だ。お前さえいなければ……」


 この発言には腹が立った。飛び掛かって殴り飛ばしたい気持ちになるも、水上几帳が目配せをする。やめておけ、と。その優しい笑顔に膝が浮き上がるのを、何とか堪えた。


 「今頃、奴らは我々を鳥瞰しているのだろうな」


 そんな情けない賀茂久遠の言葉で、無意味な会議は終わった。何も決まらず、何も好転せず。

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