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翼竜

天賀谷絢爛は逃げ出した。泣きべそをかいて、地面を這いまわりながら、絶望によって顔を歪めて。自身の誇りがぐちゃぐちゃだった。しかし、無理もない。相手はオーバーテクノロジー。江戸時代でのエリートなど、近代科学には何の凄みもない。本人が悪い訳では無い、相手が一般的な悪霊ならば彼の武勇伝は保たれただろう。


 圧倒的理不尽な災難。そう表現するしかない。


 「死にたくない……。殺されて、身体を弄ばれるなんて嫌だ……」


 最期の足掻きだ。必死に逃げ回る。上空から化け物が襲って来るも凝視は出来ない。もう上空を向き直す勇気が出ない。恐怖で身体が縮こまり、足がふらつく。部下はいない、式神はいない、戦える手段はもう残っていない。完全なる敗北状態。後は殺されるだけ。


 「なんで……なんで……」


 頭の中にアイツの顔が浮かぶ。滋賀栄助……アイツは唯一、百鬼を倒せる力を持っていた。それをもっと加味して考えるべきだったのである。滋賀栄助に着いていくべきだった。そうしたら、無理な出陣を命じられて、倒せない敵と戦わされて、殺されるような事態にはならなかったのだ。滋賀栄助には恩を売っている。あれをもっと生かすべきだった。今からでも物陰から現れて助けて欲しい。そんな夢は叶わないが。


 「逃げるのか。お前は私たちを殺そうとしたのに、お前は殺されずに逃げるのか」


 真っ黒な方の蝙蝠が妖気を吸い上げる。目をぎらつかせ、舌なめずりをする。蝙蝠は元は翼竜の遺伝子を持つ。つまり、恐竜の遺伝子を持つとされる化け物だ。洞窟に住まう性質と翼の形から竜の姿を連想する人間がいたのだ。空を飛べる唯一のほ乳類。


 「お前は私の逆鱗に触れた……。お前みたいな雑魚はさっさと死ね。生きていては駄目だろう。そんな目立つ服装をして、煌びやかな宝石をつけて、変な髪形をして、他人を見下すような行動をして。もうそんな人間が順風満帆に生きていたら……皆が可哀想だろう?」


 とっても嬉しそうに頭から天賀谷絢爛を貪った。頭に噛み付き、そのまま空中に頬り投げて噛り付き、噛み砕いて数秒で殺してしまった。さぞや美味しそうに。


 「ご馳走様でした」


 と、一呼吸置いて逆鱗蝙蝠の姿が天賀谷絢爛と瓜二つになる。その姿へと擬態した。


 「おお。喰い終わったか。他の人間になれた、我々が悪霊に近づいている証拠だ。声真似、姿を真似る、身体を乗っ取るは悪霊の本懐だからな。よしよし」


 「もし良かったらこれも使ってみるか……」


 逆鱗蝙蝠が擬態した天賀谷絢爛は……長いお札を取り出した。その手には悪霊としての妖力が込められる。

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