恍惚
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天賀谷絢爛。陰陽師界の成金王子である。元より平安の時代から貴族で陰陽師として名を知られていた。しかし、平安の時代は陰陽師が全盛期だった頃である。名前が存在したというだけで、ただの平社員だった。『怪火』という有り触れた妖怪を操るしがない陰陽師だった。時代が変化するにつれて江戸時代に陰陽師としてではなく、商人の身として泰正を成し成り上がった。憧れだった党首様の護衛にもなった。
ただ、それは資金源が豊かであり、多くの陰陽師が雇えるというだけであり、身を煌びやかにしているのであり、本質的な陰陽師の強さではない。江戸時代中期の今だからこそ、少しは装備や人数が重視されるようになったが、陰陽師とは実力が全て。その原則は変わらない。変わってはくれない。
「ヒザマ!」
ヒザマは鹿児島県に伝わる火の妖怪である。姿はニワトリに似ており、胡麻塩色の羽根を持っている。家に取り付き火事を起こす魔鳥である。鶏の姿よりも一回り大きく、目つきが鋭い。朝に飛び起きるだけでは済まないような大声で鳴き、火炎を纏ってとある生き物へ嘴で突いていく。
だが、次の瞬間に氷漬けにされてしまった。百鬼に触れることも出来ずに、空中で息絶える。
天賀谷絢爛は絶望した。自分が率いる最大人数の部隊が悉く敗北し、残るは自分だけとなった。陰陽師として数の暴力で優雅に戦って来た彼だったが、やはり本物の優秀な人間ではなかった。自分の式神をこれでもかと出して、百鬼に対抗しようとする。しかし、全く歯が立たない。自分の式神である『ヒザマ』は全て二匹の蝙蝠によって氷漬けにされてしまった。
絵之木実松が滋賀栄助に出会う前に、相敵していた三匹の百鬼。その中の二頭を持つ赤髪蛇は既に死亡が確認されている。もう二匹は『坐剤布良』と『逆鱗蝙蝠』の二匹。その逆鱗蝙蝠がこの場に来ていた。以前に滋賀栄助が見かけた姿と同じである。蝙蝠が巨大化して木の枝に捕まっている。戦おうとせず、恍惚に笑うだけ。
もう一匹は『氷獄蝙蝠』。あまり蝙蝠の姿をしていない。翼が退化しているように地面に垂れている。目つきが鋭く薄暗い隻眼。全身の毛が氷で覆われ、怪しい紫色の電撃を纏う。化け物らしく崩れた笑顔で笑う。
「弱いな、弱い、弱い」
「何が五行の象徴たる朱雀を操るだ……全く及んではいないじゃないか」
二匹が馬鹿にする。地面に這いつくばり動けなくなった男を。折角の一張羅の服が泥だらけの血まみれになり、耳飾りや首輪が地面に散乱し、与太金で整えた高貴な長髪があらゆる方向にズレていた。自分は弱者じゃないと信じていたのに。限りない屈辱だった。
たかが、三下百鬼が二匹に、勝てない。全く叶わない。特に真水色の蝙蝠が相性最悪だった。コイツの吐く息は周囲を凍てつかせる。山岳地帯ではないのに、この気温の下がり様は異常だ。
「おい、コイツを殺して乗り移れ。利用価値がありそうだ」
「ひぃ」
その言葉を聞いた逆鱗蝙蝠が気に逆さまにぶら下がってニタニタと笑う。




