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祖父

痛みを恐れない、痛みを我が物とする薬袋纐纈らしい発言だった。血を分けた肉親が今から祖父を殺さねばいけないというのに、抵抗がないはずがない。


 「お前、それでも家族なのか!」


 きっと愛する妻の前で恰好をつけたかったのだろう。遥か格上であろう相手にそう言った。ようやく薬袋纐纈の顔が此方へ向かう。


 「なかなか面白い台詞だ。鼻で笑ってやろう。家族に条件など必要なのかね」


 「条件だと……」


 「彼女が私に何をしようと、私が彼女に何をしようと、それで家族だという事実が消えることはない。それが心理だと言いたいのだよ。ふむ、君が持っているのは闇荒御魂かね。偽神牛鬼の奴、負けたのか。アイツは最後まで残ると思っていたのだが」


 当然のように刀の名前を言い当てた。その刀の元の所有者の名前も。この刀を鞘から抜くと、刀身から尋常ならざる妖気が噴出す。吐き気を催すのだが、それでも百鬼を倒せるなら安いものだ。これで滋賀栄助を守れるのならば。


 「ふむふむ。君は……なるほど。そういう奴か」


 「俺の名前は絵之木実松だ。滋賀栄助の夫だ。文句あるか!」


 その言葉を最後に……ようやく……薬袋纐纈から笑顔が消えた。


 「え、何だって?」


 「だから俺は彼女と結婚したんだ!」


 「いやいや、お前、それは駄目だって。そんな事を言っては駄目だよ。おいおい。じゃあコイツも私の孫だって思わないといけないのか? そうは問屋が卸さないだろう。まったく、近頃の若い奴はすぐにもう……なにその顔。本気なの?」


 随分とベラベラ話す。口調は砕けているのだが、動揺を隠せていない。顔が人間らしく引きつっており、感情が安定していない。不安そうに震えている。恐怖で身体が震えている滋賀栄助と同じ様子だ。実松はゆっくりと栄助に近づき、肩に手を添える。それを栄助は嫌がらない。


 そこに安心感を感じているような。


 「お前には色々と話して貰うぞ。百鬼将の生前の姿、お前が経営してきた病院の実態、タイムスリップの方法、そして何より……悪霊の進化について……」


 強がってみた物の不安だった。滋賀栄助がここまで怯える姿は初めてみた。どんな強大な相手にも屈するどころか好戦的に挑んでいたのだから。ここまで身体が小さくなってしまうとは。


 「そうか。お前も百鬼を殺してきたのだな。それは何が理由だ。抗えない運命への反逆なのか? それとも……自分自身を守る為の行動なのか?」


 薬袋纐纈は微笑んだ。笑う訳でもない、驚くわけでもない、本当の優しさに溢れたお爺ちゃんの顔。


 「そうか。結婚したのか。おめでとう! お前の幸せは何よりもうれしい。その幸せを少しだけでも分けて欲しかった。お前に会いたくて、会いたくて、百鬼を殺して回っていたんだよ」

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