魔犬
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あっさりと余所者勇者は見つかった。二つの頭を持つ犬を蜂の巣にしていた。両足で頭を地面に踏みつけており、側頭部を撃ち抜く。百鬼:双頭魔犬。この二つの顔の黒犬が仲が悪いことで知られている。二匹の首には鎖が巻かれており、煌びやかな装飾品で身を覆っていた。オルトロスという名前がつけられており、危険な魔獣として知られる異界の怪物。
「なんか、また仲間割れしたみたいですね」
捕食する訳でもなく、吸収する訳でもない。ただ悪として裁き尽くす。滅多撃ちにして、徹底的に粉微塵にして、踏みつぶす。どこまでも躊躇の無い一方的な戦い。
「この犬は……罪のない人間を殺した。食い散らかした。万死に値する」
「お前……何を……」
「もう声をあげるな。下らない。お前の言葉を聞くだけで吐きそうだ」
そんな効力などない。余所者勇者は苦しんでいた。誰かの言葉に耳を傾けることに。もう誰の言葉も聞きたくなかった。これ以上考えることは、彼の考えの崩壊を招く。今までよりずっと痛みを抱えなくてはならない。あの宿敵と同じように。あの武雷電のように。
「私の宿敵は誰かに牙を向く際に、男でありながら涙を流す男だった。いつも戦う時に胸を痛めて戦う男だった」
双頭魔犬は消えていく。まるで塵のように。その淡い粉を背景に余所者勇者は言葉を続ける。
「私はまずアイツを戦場から去るように諭した。次に奴を殺そうと真剣勝負をした。次に奴と共通の敵が現れたので一緒に戦った。奴はトドメを刺そうとする私に食い下がった。殺す必要はないと。そんな男だった……」
まるで滋賀栄助に語りかけるように声を発する。双頭魔犬にてぐちゃぐちゃに破壊された町に滋賀栄助と絵之木実松は到着した。二人とも走ってきたので息が上がっている。声を出すのも躊躇われる程に。
「アイツは本物の英雄だった。昔からの知り合いだが、アイツは本物の正義の味方だった。曲がったことが嫌いだった。悪さをせず、卑怯を嫌い、阿漕を嫌煙し、姑息なこと憎んだ。清廉潔白な男だったよ。そんなアイツが俳優になったと聞いた時は驚いた。奴が映画に主演として役を飾る度に、宴を開いて拍手喝采を送り皆で喜んだよ」
「…………あー」
「随分と怖い顔をするようになったじゃないか。いくわ」
「そっちこそ。いつもの変な笑顔はどこに行ったんだよ。いつも子供みたいに何も考えていなかったくせに。気色の悪い笑顔が仮面で台無しだぜ、お爺ちゃん!」
余所者勇者の仮面が剥がれる。何が起こった訳でもない。奴も我々も奴に触れていない。それなのに勝手に仮面が地面に転がったのだ。そこには素顔が現れる。奴は百鬼でありながら、百鬼とは一線を画す存在だったのだ。狂喜乱舞。噂で聞いていたよりも気色悪い。
笑った顔の……ご高齢の……男性。
「ストレンジャージレンマ参上! いや、ここはあえて薬袋纐纈と名乗ろうか!」




