獣脚
奴は悪党を倒す勇者だった。闇に紛れて人知れず悪を捌くダークヒーロー。二丁拳銃を使い、夜な夜な繰り出して行っては自分より身体の大きい怪物を殺す。奴の決め台詞は「想像するな」だった。考えないこと、迷わないこと、戸惑わないこと。徹頭徹尾、思考力を捨てることを信条としている。
「あの物語には百鬼将である武雷電を彷彿とさせる描写があるんです。まるで、百鬼将と一緒に戦っていたような描写が」
短編集である百物語では一体一体の情報量が少ない。その上で物語を深読みしなければならない部分も存在し、より難読にしている。奴はその中でも顕著だった。初めは本当に素晴らしい英雄に見えた。悪を捌き、罰し、懲らしめる。本当の正義の味方。でも、これは英雄譚ではなく怪談だった。最後のページで全てがひっくり返る。誰も罪など犯していない。ただの殺戮劇だったと。
畑を荒らした野犬を殺した。犬を拾わなかったから住民も殺した。
子供を川に捨てた両親を殺した。助ける為に川に飛び込まなかった住民を皆殺しにした。最後に何の生活能力のない少年だけが取り残された。その場を颯爽と去っていく。
人間は何も疑念を持たないことで、この世の何よりも残酷になれる。
「自分が救い出した人間。随分と罪の軽い人間、罪を曲解された人間。その全てが殺されていくんです。アイツは正義の味方なんかじゃない」
その言葉に呼応するかのように、滋賀栄助が興味あり気に少しだけ此方を向いた。
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「悪を許すな。悪を許すな。悪を許すな」
百鬼が同時に多発していた。今度は越前の国。二匹の恐竜のような怪物が暴れ回っていた。一方は獣脚竜のような姿をしていて全身は真っ赤になっている。もう一方は翼竜のような姿をしており、真っ青な出で立ちだ。二匹とも人間のサイズよりも遥かに大きく、身体に角があり、尻尾に刃物が武装されている。化け物と言って差し支えない。『兄弟竜兄』『兄弟竜弟』。勿論、二匹は兄弟などではないのだが。同時に二匹が出現する特徴がある。
つまりは弱い百鬼だ。身体が大きくなれば成る程、妖力が分散される。ただ暴れ回るだけの知能を持たない怪物。
だが、江戸時代に住民を怖がらせるには、これで十分なのである。彼らに考古学の知識などない。もう悪鬼羅刹が湧いて出たと思って逃げるしかない。この土地の守り神や陰陽師などでは対応できない。オーバーテクノロジー。ただの怪物でも、四百年ほど後の世界の悪鬼なのだから。
元はただの放火魔の兄弟。狂った兄弟は、警察に逮捕される前に薬袋纐纈に捕縛され、この時代に送り込まれていた。自分たちが殺した、無数の悪霊たちと一緒に。姿かたちを完全に変えて。人間だった頃の記憶や思い出、姿の中に面影など一切ない。百鬼サイドの完全な捨て駒。




