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水牛

腕が焼けるように痛い奪い取った物のどうしたらいいか分からない。とにかく刀を持って反対側の道へ走り出す。泣きながら、身体中が信じられない痛みで襲われながら。


 偽神牛鬼は一瞬呆けていた。ここで即座に行動できないのは、やはりコイツが武人ではない証拠であろう。まんまと自分の武器を奪われたのだから。剣術界隈の言葉を使うならば、『無刀取り』。自分が刀を持っていない場合に、相手の間合いに一瞬で入り込み、相手の帯刀する刀を奪う。こんな達人芸が、最強の百鬼に対し、ただの三流陰陽師が成功したのである。


 空虚な時間が漂う。まるで時間が止まったような、時間が消し飛んだような感覚。


 瞬間に偽神牛鬼が雄叫びをあげた。生前は弁護士であり、徳の高い人間であり、百鬼の中でも最強格であるこの男の平常心が、ここで壊れた。水牛が暴れる際にあげるような声。怒り狂い、ただの獣に成り下がった。だが、背中を凄まじい恐怖が襲う。奴と十分な距離を取れれば痛みを無くせるのに、奴が追ってくる。


 栄助が偽神牛鬼を背中から切り裂いた。肩から腹部にかけて斜めに亀裂が入る。それでも……奴は動きを止めない。闇荒御魂を奪い返せれば自分の身体を修復できる。今は滋賀栄助と戦うよりも奪い返す方が先決だ。何処までも正しい判断。


 走った。もう無我夢中で。頭を真っ白にしながら。泣きそうな顔で走り抜ける。その道の先に……最近知り合った顔があった。


 「迎えに来たよ?」


 そこには陰陽師の名家の党首の一人。青い着物を着た青年。水上几帳みかみきちょうがいた。


 ★


 「えい」


 水上几帳がお札を出すと、急速旋回する水流が出現して偽神牛鬼は空の彼方へ飛んで行った。そのまま受け身も取れず地面に激突する。水上几帳の膝には、何かが捕まっている。妖怪『アマビエ』。半人半魚の妖怪だ。最近発見された妖怪で海中から光輝く姿で現れ豊作・疫病などに関する予言をすると伝わっている。アマビエを式神としているのか。顔は小人のようなのだが、下半身は魚特有の鱗に覆われている。


 「いやぁ、君たちを迎えに来たんだよ。それと、吉原で地元の陰陽師では対処出来ない悪霊がいるって聞いたから、もしかしたら君たちがいるかもって思ったけど、やっぱりいてくれたね!」


 優しそうな笑顔。無事でよかったと言わんばかりの声。


 「栄助さん! 奴はもう身体を回復出来ません! 早くトドメを!」


 そう言い終える前には栄助は走り出していた。しかし、偽神牛鬼はしぶとい。金切り声をあげて栄助の一撃を腕で受ける。腕は地面につき落ちたが、本体は逃げ出していた。奴は生きることを諦めていない。

 

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