霊感
元は白髪などではなかった。髪型は同じだが、真っ黒な髪の毛で凛々しい美青年だったのに。今は見る影もない。随分と老けたように思える。身体中から血飛沫があがり、あの殺人鬼は震えるしかない。どこにも逃げられない。
声が聞こえないのだが、ようやく何と叫んでいるのか分かった。
『殺してくれ』。
もう殺しても、貰えないのである。
「彼をどうやって未来へ飛ばすのですか?」
「未来へ飛ばす? そんなことは出来ないよ。奴が飛んでいくのは過去だ」
奴が殺人鬼になる前に戻してやるということか。それなら、動機としては理解できる。いや、やはり意味不明なのだが。
「奴には江戸時代に飛んでもらう。あの悪霊たちと共に融合して。怨念とは『誰かを恨めしいと思う気持ち』だ。奴の身体に耐えられない程の妖力を奴に注入する。すると、どうなるのか」
気が付いた。あの部屋にはもう一人だけ人間がいる。あまりに悍ましい映像なので、気が付くのが遅れた。女の子だ。小学生ぐらいだろうか。あの女の子も院長に負けず劣らず楽しそうな笑顔をしている。あの白髪の殺人鬼を馬鹿にしている訳ではない。奴の不幸を喜んでいる訳でもない。それだけは分かる。
まるで理由や理屈なしに幸せを享受しているようにしか見えない。
その女の子と一瞬だけ目があった。まるで何かの運命のように。
そして拙者は……何もかもが見えるようになった。
★
「ふん!」
「てぁあ!」
刀同士が撃ち合う。金属音が鳴り響く。この男の能力は弱くはない。だが、いくら特殊な能力でも滋賀栄助には効かない。あとは純粋な切り合い。傷の押し付け合いだ。
「拙者はお前と出会ったことで変わった。今まで誰かの頭脳と拡声器にしかならない生活だったが、そこから生活が一変した」
見えてはいけない物が見えるようになった。霊感など人生で少しも無かった。至って面白みのない人生だった。院長に出会ったから変わったのではない。お前に出会って変わったのだ。本当に苦しんでいる人の為に声が出るようになった。助けを求める声が聞こえるうようになった。
幽霊が見えるなど、普通は不幸なはずだ。だが、この男は正義の弁護士になれたのだ。天和御魂と闇荒御魂がぶつかり合う度に不協和音と共に、もっと別の何かが生まれる。
「この世界には3種の人間がいる。天才と秀才と凡人だ。院長は天才だった、誰にも出来ないことが平気で出来る。私は秀才だった。誰よりも常識を持ち優秀だが、それだけだ。結局は利用されるだけ。だが、私はお前に出会って特別になった。院長からこの闇荒御魂を手渡されるほどに!」
派手な大振りで刀を頭の上から大きく振り下ろす。
「その刀をよこせ! その刀があれば私は……私は……レベル3になれる! 究極進化を遂げられるぞ!」




