病衣
友人というのに極めて歳が離れている。しかし、少なくとも弁護士の方は彼の事を友人だと思っていた。とにかく笑う人だった。病は気から、病気だと思うから病気なのだ、思い込みは全て現実となる。だから笑い転げていよう。誰よりも笑っている人間が幸せなのだと。
だが、彼の頬をあげて皺が一杯の笑顔はどこか恐怖も感じさせた。途中で何で笑っているのか分からなくなる日も多かった。最初は気持ち悪いという印象が多かった。でも彼は神を超える名医だと言われた。絶対に助からない難病をあっさり手術してしまい、何度も成功させている。生と死の臨界点という言葉が最も相応しい場所だ。
この病院では何度も幽霊騒ぎが起きている。若者が怖い物見たさに訪れて、一人が行方不明になるという事件が起こった程だ。その両親が病院側に向けて息子を誘拐したと訴訟を起こした。その事件が彼が一番最初に扱った事件である。勿論、病院をいくら調べても彼は出てこない。だから、この事件の裁判は病院側が勝った。まあ責任を持つべき病人でも何でもないので、勝ちは見えていたが。
こんな幽霊病院に誰も通いたがらないのだが、本当に命が危ない人間は彼の腕を頼るしかない。本当に死ぬ寸前である人間は、この病院にやって来る。良くも悪くも話題につきない病院だった。
裁判の最中も病院長は笑い転げていた。正々堂々と筋の通っている話をしながら、彼の顔は最高の笑顔。侮蔑の意味はない、虚仮にしているわけじゃない。本当に幸せそうな笑顔だった。
「それで、殺人鬼なんですけど。所から出た後、この病院で匿っていると聞きました」
「あぁ。そうだよ」
病院内の奥深く。誰も侵入が許されない場所に院長から笑顔で誘導された。暗い廊下を抜けた先には、その病室があった。恐怖を感じていたが、それでも怖い物見たさに遠慮する気持ちはなかった。単純に自分が弁護して助かった人間に興味があった。
「え、えぇ、え、えぇえ、ええ、え」
殺人鬼は病室に寝かされていた。別に拘束もされていないし、何なら部屋のドアは開いている。だが、その殺人鬼は目を見開いたまま、真っ白なベットの上で寝転び、何か恐怖に歪んだ顔をしていた。殺人鬼の服は病衣を着ているのだが、その服は彼自身の血で真っ赤になっていた。
「彼は何をしているのですか」
上のモニターから彼を覗いてみた。ただ下から眺め見ただけだったのだが、一瞬で口を覆う。彼の周りに何かがいる。いや、何かは分からない。何とも言えないのだが、確かに何かがいるのだ。見えない、視認できない。しかし、確実にポルターガイスト現象が起こっている。髪を真っ白に染めた若き青年は、泣き喚いていた。しかし、ベットから降りて部屋から逃げ出そうとはしない。いや、出来ないのか。
被告人席にいた時よりも辛辣な目でコチラを見上げている。だが、法廷ではない場所で助けることなど出来ない。そもそも何が起こっているのか全く理解できない。これが世に言われる幽霊なのか。もしかして彼が殺してきた人間たち……そこまでで考えることを止めた。
「彼はね。今からタイムマシーンに乗り込むんだ。タイムトラベルだよ」
院長は常に笑顔。悪霊の次はタイムトラベルか。もう頭が追い付いていけない。




