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火打

 理屈はガタガタ。根拠はない。それでもあの化け物を倒す方法には自信があった。作者に準じて物語通りにしか動けない。そんな骸人形ならば必ずこれでうまくいくはずだ。


 「ぐうう」


 苦しそうに呻く滋賀栄助に対して、とことん血染蜘蛛は喋らない。おそらく会話描写のある怪談ではないのだろう。喋らないから喋れない。ただ無言で目の前の明るいものへ腕を振り回すだけ。知能が高い訳でもないようだ。


 「このままじゃ夜になる……」


 そう。真っ暗になれば、奴は滋賀栄助を見失う。奴に相対した時点で既に夕暮れ時だった。もう日が沈みかけている。このままじゃ奴はまた物言わぬ死体に戻る。これではまた明日まで奴を倒す機会を失う。夜に動けず、昼に動き出す妖怪らしくない悪鬼。


 「ではない」


 いいや、奴も妖怪だ。夜行性に決まっている。


 火打ち石と火打ち金とをぶつけて散った火花を火種箱に移す。油を浸みこませたスギが中に入っており、着火したら煙の所を吹いて発火させる。こうやって起こした火をろうそくやカマドに移して利用するのだが、今回は本来の使い方とは違う。


 「ちっ、動かなくなった」


 動きが鈍くなっていた血染蜘蛛が完全に動かなくなった。戦意喪失ではなく、敵を視認出来なくなった。月明かりだけでは彼女を視認できないのだ。いくら明るい服を着ていても暗闇の中では華やかさは薄れてしまう。女性の背中から蜘蛛の腕は消え去り、その死体は地面に倒れこむ。前のように蜘蛛の糸を張り巡らせて、自分を固定するという眠りのつき方をするのではない。


 「このまま攻撃しても意味はない。この死体をバラバラにしても中の蜘蛛が消えることはない。妖力が消えたりはしない。悪化する可能性もある。今日はここまでかな」


 あれだけ血走って戦っていた滋賀栄助は諦めた。刀を鞘に戻し、木屑蹴飛ばし砂利の上にいる私の元へやってきた。思い通りにいかなかった。その不満からか顔が不満そうだ。どこを見つめるわけでもなく睨みつけて、拳を握り締めている。


 「まだいたのかお前。つーか、何をやっている」


 「妖怪退治ですよ」


 松明に灯した炎を倒れた民家の残骸に投げ込む。次から次に燃え広がっていく。


 「放火魔なのか、お前。新手の犯罪者か」


 「違いますよ。人払いを済ませているから大丈夫なんです。この家に住んでいた人には謝らないと」


 そう。この暗闇の中に業火という『眩い』ものが現れた。そしてアイツが目を覚ます。明るいもの、眩いもの、美しいもの。そんな煌きに対して怒り狂たかのように襲いかかっていく。


 「飛んで火に入る夏の虫。その炎を全身に浴びろ!」

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