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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

生駒善司の死刑執行日

作者: どろお

処女作です。コメント等をしてくれたら嬉しいです。

【〇〇県▲▲市で起こった、婦女暴行殺人事件。三人目の被害者が出ました。犯人は今だ捕まっておらず、警察から―――】


【〇〇県●▲市の山中で、●▲さん(23才)が遺体で発見されました。警察は殺人事件として―――】


【〇〇県▲▲市で行方不明と為っていた、〇〇ちゃん(7才)が遺体で発見されました。死体の損傷が酷く、野犬に噛ま―――】


【〇〇県▲▲市の〇■公園で、ホームレスの男性が刃物で滅多刺しされて殺され―――】


【〇〇県の▲▲市で遺体が発見―――▲▲市で殺人事件が―――〇〇県の――▲▲市で――▲▲市の――………】


【〇〇県▲▲市で、連続殺人死体遺棄事件の重要参考人として、生駒いこま善司ぜんじさん(26才)を逮捕しました。警察の調べによると〇〇県▲▲市で起こった、婦女暴行殺人事件との関連性が出て来たと―――】


【連続殺人死体遺棄事件。婦女暴行連続殺人事件。幼児誘拐殺人事件の犯人として、生駒善司さん(26才)を逮捕しました。生駒容疑者は………】


【生駒容疑者は最低でも23人殺害しており、被害者の遺族の方達から………】


【連続殺人死体遺棄事件。婦女暴行連続殺人事件。幼児誘拐殺人事件の犯人として、生駒善司氏に死刑が言い渡されました。生駒氏は判決を下されてから豹変した様に…】




【――…あの痛ましい事件から五年。生駒いこま善司ぜんじの死刑執行が本日の午後執行されました】

 






 ◇


 明るく陽気な鼻歌が響いている。死刑囚を収容する独房で響くソレは、物物しい雰囲気と相反して余りにも歪だ。


 その歪を生み出している犯人。死刑囚、生駒いこま善司ぜんじが何時もの様に陽気に鼻歌を歌っているのだ。とても楽しげに―――まるで幼子が遊園地に行くのを楽しみにしている様に明るく笑っている。


 それは、とても異常な光景である。彼は独房ここに入る前と、何ら精神上変わった節が見当たらないのだ。


 死刑囚。生駒善司が置かれている環境は、独房監禁と言われているモノである。コレは一種の精神的拷問であり、数世紀に渡って利用され、現代でも行なわれているりっぱな拷問である。


 人と完全に隔離して、何もすることもなく、数日、数週間、数ヶ月と過ごすと、人は心の底から恐怖を味わう様になる。日が過ぎる程、軽度なもので、孤独と戦うために独り言を呟く様になり、また症状が重くなると、慢性的な無気力、倦怠感、鬱、絶望を感じ自殺を試みるようになる。


 独房監禁は、精神的に安定していた人物であっても鬱や不安症を患うようになる。幻覚や自傷行為に走る者もいるだろう。


 人との完全な隔離は個性の崩壊を意味し、退屈は人を死に至らしめる。独房監禁コレがどれだけ恐ろしいのか理解できたであろう。


 そして、そんな悪辣な環境で生駒善司は5年間もの間、狂わず、壊れず、独房に入る前と同じ精神状態で保っていた。ある種、強靭な精神力だと賞賛出来る出来事だろう。


 いや、最初から狂っていたのかも知れない。






 ◇


 光の無い部屋に、壁や床を這う虫の足音。手足は拘束され自由はなく、物のように横たわっている。決まった時間―――日に一度来る刑務官にホースで体に水をかけて洗い、食べ物を置いて持ち場に戻る。ある種、機械じみた作業を淡々と繰り返していた。


 同じ日々の繰り返し、単調な作業の繰り返しだ。たいした事では無い様に思えるが、コレは立派な拷問なのだ。人の精神を狂わせるには十分すぎる程の………


 なんて幸せな日常なんだ。俺は幸せで歌でも歌いたい気分になった。いや、実際鼻歌位は歌っていたかもしれない。それ位、今の日常は楽しく充実していた。


 暇であればある程、退屈であればある程、想いは強くなるばかり。人はこんなにも残酷な事が出来るのだ。


 そんな人類の残酷さを何遍も考えていると、足音が聞こえてきた。疑問に思い鉄で出来た扉を見ると、丁度扉の前に着いたのか、重々しく閉じられていた扉が開かれた。眩しさで目が眩む。


 何時もの様に刑務官が立っていた。何時もと違う所と言えば、何時もなら(体感時間で)後6時間後位に来ると思っていた刑務官が今此処にいる事。何時も2人なのに5人も刑務官がいる事だ。


 何故今日は何時もと違うのであろうか?


 そんな疑問が浮かび戸惑っていると、4人の刑務官が入って来て、俺の手足を縛っていた拘束具を外していく。もう1人の刑務官は入り口に立ちふさがり、変な行動をしない様に見張っている。


「立て!」


 ガチガチに拘束してあった手足の拘束を解かれてから、また新たに手に手錠をかけられた。同時に、入り口の方に立っていた刑務官が偉そうに命令する。神経質そうな男の声で、仕事のやり取りが手馴れていた。おそらく40才は超えているだろう。


 俺は、命令通り立とうとするも、長時間もの間、手足を拘束されていたので上手く動けず、よろけて倒れてしまう。


「立て!さっさと立つんだ!!」


 上手く立ち上がれない事に焦れてイラだったのか、トントンと足踏みをしながら催促の声を上がる。俺の拘束を外した刑務官の1人が早く立たせようと腕を掴んで、フラついて立てない俺を立たせた。


 大丈夫っすか?っと小声で俺に聞いてきた。よく見えないが、若い声だ。恐らく俺よりも年下だろう。緊張感が無いのか、危機感が無いのか間の抜けた声だ。


「風呂に入れる。歩け!」


「お風呂?」


「早くしろ!!」


 反芻する様に言った疑問を無視して、刑務官は怒鳴る様に言葉を発した。


 風呂?お風呂?何で今日はお風呂に入るのであろうか?今まで変わる事の無かった独房での日常が今日に限って違うのだ。


 今まで変わる事の無い、ある種病的な作業システムで動いていた監獄に変化が訪れたのだ?


 何故?どうして?何で? 疑問は深まるばかりである。


 そんな事を考えていると、俺は強引に部屋から追い出された。暗闇に慣れていた為、廊下の明かりに目に酷く厳しい。目がチカチカしてまともに開ける事が出来ないのだ。


「こっちだ!」


 フラフラと神経質そうな声のした方へと歩く。鉄格子で出来た扉が開いたり閉まったりする音を何回か聞き、15分位ヨロヨロと動き辛い体を動かして歩いていると風呂場らしき所に着き、俺は風呂場に入った。


 ソコソコ広い風呂場たっだ。15分程歩いていたお陰で、目のチカチカは大分治まった。だが、何故か視界がボヤけて何も見えない。何故だろうか?何だか頭がボンヤリとして考えがまとまらない。


 何をするんだ?こんな所で?風呂イスにボケッ座っていると、手桶でお湯をかけられた。


「オラ!さっさと洗え」


「お風呂……」


 そうだ、お風呂とはこうゆうモノだ。体を綺麗ににて温めるモノであって、ホースで拘束衣を着たまま冷水を浴びせられる事では無いんだ。忘れてた。すっかりソレが当たり前になっていたのだ。


 長く続いた監禁生活は、自分の一般常識をこんなにも容易く壊していたのかと、その事に少し驚きつつも内心喜んだ。独房での生活で、自分はこんなにも変化していたのだ。


 あぁ、人は何て残酷な事が出来てしまうのであろうか?まるで大好きな食べ物を食べたかの様な幸福感を味わう。きっと、この感覚が判る人は自分以外いない。


「髪も髭も剃るっすよ」


「髪?髭?」


 そう言い若い、刑務官がバリカンと髭剃りを持ってきて、俺の髪をバリバリと刈る。


 身だしなみを整える。なるほど。きっとコレが最後のお風呂に為るのかもしれない。お湯をかけられ、頭がスッキリした事で、自分の置かれている立場を理解した。


 多分、もうじき俺の刑が執行される。コレは、その為の前準備と言う訳だ。


 つまり、最後の晩餐では無く最後のお風呂と言う訳だ。実にお風呂好きの日本人らしい考えだ。思わず笑ってしまいそうになる。


 散髪と体の清掃は30分もしないうちに終わった。髪はバリカンでバリバリと剃っていたが、触った感じ、丸坊主になった訳では無い様だ。


「どうっすか、上手くできたっすよ?」


 俺の髪をバリバリやった刑務官の男が鏡を見せてくれた。俺は目を細め鏡に近づいて見たが、視界がボヤけてよく判らない。反射的に眼鏡に手を伸ばそうと、こめかみ付近に手を当ててやっと気が付いた。眼鏡が無い。


 そういえば独房に入れられた時、眼鏡を取られてたんだっけ。と昔の記憶を掘り起こした。独房に入れられてる時は、視界に頼る必要性が無かったので、すっかり存在を忘れていのだ。


 自分はこの長い独房生活で気が付かないだけで、一般常識だけでなく、何時も行なっていた習慣まで忘れてしまっていたのだ。コレには心底驚いた。自分の生きた人生の半分以上を付けていたモノを忘れる何て、刑務所に入る以前だったら考えられないであろう。なんせ、眼鏡を外したら殆ど何も見えないのだから………


「俺は目が悪いんだ」


「そういや、アンタ眼鏡かけてたっすもんね」


 そう答えた俺に、ケラケラと笑いながら刑務官の男は言った。俺が風呂場から出ると、後ろで、その刑務官はもう1人の偉そうな監視員に殴られたのが、打撃音と呻き声で判った。


 そんな出来事を無視して、新しい綺麗な服に着替える。着替え終わる頃には漫才も終わったのか、また移動が始まった。廊下を歩く。その間に何回も鉄格子で出来た扉を開いて閉じてを繰り返し歩いた。


 この先、何が起こるのだろうか?多分、間違いなく死刑執行の絞首刑アレが待っているのであろう。しかしながら、自分はその過程に付いて全然知らない。


 現在向かっている場所は多分偉い人の所――執行を言い渡すとか拘置署長殿とかが待っているのであろう。


 これは想像だが、こんな所で働いているような奴だ。きっと碌でもない鬼畜外道の頭のイカレたサディストに違いない。


 机の上を挟んだ向こう側に高そうな椅子に座っている性格の悪そうな壮年の男がいて。その隣でデカく強そうな男が護衛の為に立っているのだ。ソイツは性格の捻じれ曲がった腐れ野郎で、処刑した事にして死刑囚を拷問にかけて遊ぶ異常者なのだ。


 死刑とは国家が認める殺人なのだ。どんな外道も許される。どんな残酷な真似をしても国がもみ消してくれる。そんな所を取り仕切っている奴だ。実に愉快痛快な人物であろう。


 なんせ、人間は自分が正しいと思っている時ほど残酷な事が出来る生き物なのだ。ソレを国家という絶大な力を持っているものに肯定して貰えるのだから、常人では理解出来ないほど、残酷で冷酷で冷徹な事を出来るはずだ。


 一体、何が起こるのだろうか?まるで、ラブレターで呼び出されたれ、校舎の裏で待っている様な甘酸っぱくも甘美な時間だ。


 目的の場所に辿り着く。扉の前に刑務官が2人立ってた。合計7人もいる。刑務間の1人が扉をノックする。


「066号入ります!」


 そう言って刑務員は扉を開けた。俺は期待で少しワクワクしながら入った。


 俺の目で見える範囲で(ボヤけて殆ど判らないが)コレといった物は無い。物が置いて無いのだ。部屋のやや端の方で男が2人立っているのが薄っすら判った。俺は思ってたのと違うな、と首をコテンと傾け、その男を見た。その男は、刑務官の方を見て「準備の方は…」と弱々しく聞き、刑務官は軽く頷く。


「はい、分かりました。…お別れの時がきました。本日貴方の死刑を実行します」


 概ね予想道りの展開だが、何だろうこの気持ちは…


「では…死刑執行指揮書。読みますね。平成●●年●●日。■■拘置署長▲▲▲▲殿。▲▲検察庁▲▲▲▲。検察官。検事。■■▲▲。次の者に対し、別紙判決謄本のとおり死刑の判決が確定したから、平成29年12月7日執行されたい。一。氏名―――………」


 部屋の端に居た男性が淡々と多分、紙に書かれている文字を読んでいる。俺の視力では、顔がよく見えないが、きっと顔色が悪い。そんな気がする声だ。


 そして、恐らくここの拘置署長殿だろう。周りの対応から察するに、この部屋で一番偉いのはこの男だ。仮に違うのであったとしても別に対した違いはないのだから。


「………―――以上で終わりです。最後に言い残した事は?」


 紙を読み終わり、署長は言った。正直言って期待はずれだ。


 あぁ、そうか。この気持ちは、ラブレターで呼び出され、校舎の裏で待っていたら、それが友人の悪戯で待ちぼうけを喰らった時の気持ちに似ている。まぁ、現実はそんなものだろう。仕事と趣味は違うのだ。


 少し憂鬱な気持ちになったが、それは一先ず置いといて、署長の質問に答えよう。


 しかし、なんと答えようか?なにも言わないのは何だか味気ない。だからと言って、何か言いたい事があると言う訳でも無いし…なにを言おう?言い残した事、言い残した事。何かあっただろうか?言い残した事、言い残した事………


「…無いのであれば」

「………めがね」


 あった。言い残した事というかやり残した事があったのだ。俺は頭の中で計画を組み立てる。


「はい?」


 訝しげに聞き返す署長に、俺は一呼吸をおいて丁寧に答えた。

 

「…あの、すいません。眼鏡を返して頂けないでしょうか?」


「それは、何故ですか?」


 少し警戒した様子で伺ってきた。逃亡の危険性を配慮したのかもしれない。発言に気を付けながら言葉を紡ぐ。


「家族で目が悪く為ったのが僕だけで、兄からのお下がりではなく、親が唯一、僕だけの為に買ってくれた物なんです」


 これは本当の事だ。高校の辺りで目が悪くなり、親も兄妹も親戚も皆目が悪くなる事なんて無かった為、勝手が分からず割と良い眼鏡を買ってくれたのだ。かなり気に入っており、ずっと愛用していたのだ。しかし、重要なのはソコではない。


「それに最期に世界をちゃんと見たくて…」


 駄目押しに、これから自分は死ぬのだからと、同情を誘うように言う。


「………分かりました。良いでしょう」


 そう言い、刑務官に話かける。少し話した後、刑務官は廊下に出て少しして、部屋に戻り拘置署長と思われる男に話す。署長が頷くと俺に話しかける。


「今、取りに行かせています。刑が執行される前にちゃんと見ると良いでしょう」


「ありがとうございます。本当にありがとう…」


 感極まった様にお礼を言いながら、頭の中に浮かべた計画をより鮮明に練る。かなりしどろもどろになったが眼鏡を返して貰えるらしい。これでやり残しを無事終える可能性が上がる。


 なーに、別に難しい事をする訳では無いのだ。何回もやっている事を、あと1回するだけなのだ。表情を悟られない様にして、機会がくるまで待つ。多分1回位は機会があるはずだ。


 まぁ、無くても臨機応変に対応するだけなのだけど。


 暫らくすると、何かを持った刑務官が帰ってきた。恐らく眼鏡を持ってきたのであろう。


 俺は刑務官が眼鏡ケースごと持って来たのを確認すると、俺は心の中で笑みを浮かべた。俺の眼鏡ケースには仕掛けがしてあり、小さな針金が隠してあるのだ。


 さて、細い細い綱渡りの道を渡りきる事が出来るであろうか。


 俺は刑務官から渡された眼鏡ケースを受け取り開いた。中に隠してある針金を取ろうとして…無かった。


「ん、如何したんだ?何か無かったのか?」


 そう言いながら、偉そうな刑務官はニヤニヤと意地の悪い声で言ったのだ。


「いいえ、何でもありません」


 この刑務官なかなか性格が悪い。コレで針金を回収する事は不可能だ。


 俺は眼鏡をかける。ぼやけた視界がクリーンになる。やはり眼鏡コレが無いと落ち着かない。とまでは言わないが安心はする。青春時代の殆どをかけて過ごしていたのだ。ある意味、身体の一部と言っても過言ではない品物である。


 周りを見回した。長方形の部屋に仏像が置いてあり、周りの人数は8人いる。署長と思われる男は、思った通り少し顔色が悪かった。この部屋の隣が執行室となっている。


「満足しましたか?」


 10分位周りをキョロキョロしていたら、署長に聞かれたので「はい」と答えた。


「それでは刑を執行します。066号は着替えなさい」


 手錠が外されて、白装束を渡さる。本当に白装束何かを着るんだな、と思いながら着替えた。着方がよく判らなかったのでモタモタと着替える。襟は右前だったっけ?左前だっけ?


 そんな風にモタモタしている最中。周りは最初から最期まで、俺が暴走しないかを警戒していた。特に偉そうな刑務官が強く警戒をしていた。何時でも、何処でも対応出来る様に気を張っていた。強い強い警戒である。


 死ぬ間際の生き物の最期の抵抗は苛烈を極めるのだ。それを良く知っているのであろう。


 そして偉そうな刑務官は、俺の眼鏡ケースに針金が入っていたのを知っている。なのでより一層警戒しているのであろう。俺の一挙一蹴を注意深く見ているのだ。手錠でもかけられたら逃げ出すなんて事は不可能であろう。


 着替えが終わり、手を後ろに回され手錠をした時、少しだけ周りの空気が緩んだ。「これで大丈夫。逃げる事は出来ない」と。後は白い布を被せて終わりだと緊張の糸が解けたのだ。


 俺は、ヨロめいたフリをして偉そうに命令してきた刑務官の側で倒れる。


 偉そうな刑務官は俺を立たせようと屈んだ。


「これで終わりだな」


 耳元で勝ち誇った顔で偉そうな刑務官は呟いた。


 木登りは高い所に登っている時よりも、降りきる寸前の方が危ないのだ。何故なら、これで終わりだと油断するからだ。警戒すればするほど、終った時は油断する。なので、俺は警戒させて油断する時を待ったのだ。


 真正面から抱き上げる様にして立たせようとした。普段だったらしないだろう。もっと警戒していただろう。しかし、眼鏡ケースの針金に気が付いて勘違いをしていたのだ。針金これで手錠を外して(・・・)脱走すると。手錠をかけたら逃げる事は僅かにも残らないのだから終わりだと勘違いをした。だから、手錠をかけられたのを見て安堵したのだ。


 そもそもそれは勘違いなのだ。二重三重の勘違い。逃げる気なんて最初からさらさら無かったのだ。俺は肉食獣の様に、刑務官の首に噛み付き、頚動脈を食いちぎった。


 歯に食い込む皮膚に肉を食い千切った感触が残る。口の中に広がる芳醇な血の香りを感じながら恍惚の表情を浮かべる。


 辺りに悲鳴と血が溢れかえった。俺好みの香りが部屋に充満する。俺の顔は血まみれになったし、白装束が赤く染まってしまったが、それは仕方がないだろう。これでやり残した事も無事終わりだ。


「やっぱ99じゃキリが悪いからね。これで丁度100だ」


 歌でも歌いたい陽気な気分だ。俺はすぐさま床に叩き付けられる様に押さえ込まれた。少しでも変な事をしたら殺されてしまうんじゃないかと思う位、力一杯に。


 しかし、もう別に暴れる気は無いので大人しくしている。周りは大慌てで騒いでいる。血の付いたレンズ越しに見える署長は、少し青かった顔を真っ青にしながら叫んでいる。


 俺はそれを国民的アニメの青狸が鼠を見た時みたいと笑った。







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