R&J 1-1-5 ロミオ登場
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ロミオ登場。
ベンボーリオR あれはロミオだ。お二人はこの場をはずして、あとは私にまかせてください。
モンタギューR どうかロミオの胸の内を聞き出してくれ。
モンタギューと婦人、退場。
ベンボーリオR おはよう、ロミオ。
ロミオ おはようと言うほどに早いのかい?
ベンボーリオR 九時の鐘が鳴ったばかりさ。
ロミオ 憂う心に一日は長すぎる。
ベンボーリオR 何を思えば、それほどに日が長くなるものやら。
ロミオ 我が物とするならば時の流れさえ忘れるほどのもの。
ベンボーリオR 恋をしたのだな。
ロミオ いいや。さしずめ恋の
ベンボーリオR かなわぬ思いか。
ロミオ わが思う人に思われぬ恨みさ。
ベンボーリオR はた目には純情可憐と見える恋とやらの正体が、これほどにむごい性悪者だとは。
ロミオ 憎しみゆえの騒ぎより、もっと苦しいのは恋ゆえの憂いさ。愛するがゆえの憎しみ、沈鬱な浮気心、美しき混沌、病んだ健康、覚めた眠り。恋など御免こうむりたいこの俺が、どうだい、その恋をしているとは。とんだお笑いぐさだろ?
ベンボーリオR 笑えるどころか泣きたいくらいだ。
ロミオ 泣けることなどありはしない。
ベンボーリオR 痛みにもだえる君のやさしい心に泣けるのさ。
ロミオ ベンボーリオ。お前のほうこそ。そのやさしさが今の俺にはかえって仇だ。俺の胸は一人分の悲しみでもういっぱい。君の気持ちまで背負い込めないよ。恋ってやつは、分別くさい狂気、息の根をとめる毒かと思えば命を満たす果実。俺は失礼するよ。
ベンボーリオR 待て。おいてきぼりはひどいぜ。
ロミオ おいてきぼりもなにも、俺のほうこそ迷子なのさ。ロミオはここにはいないよ。
ベンボーリオR おい、恋の相手を教えろ。
ロミオ それは病人に遺書を書けと言うようなものだ。心を病んだ人間には、なんとも不吉な言葉だ。
ベンボーリオR 恋とにらんだのは図星だったようだが。
ロミオ ところが俺のにらみは、とんだやぶにらみ。あの人にキューピッドの矢は刺さらない。純潔の鎧に身をかためて、かわいい天使が放つ矢くらいじゃ、かすり傷の一つも負わないさ。
ベンボーリオR 一生独身の誓いを立てているでもあるまい。
ロミオ ところが、その通りなんだ。なんという無駄遣い。美しさと賢さで、この俺を絶望の底に突き落としておいて、天の祝福があるばずもあるまいに。おかげで俺は生ける屍。
ベンボーリオR なんてことだ。ここは俺の言うことを聞くがいい。その人のことは忘れるんだ。
ロミオ まず忘れ方を教えてくれ。
ベンボーリオR 君の目を自由にしてやるのさ。他の美しい人を見てみたまえ。
ロミオ かえってあの人の美しさを引き立てるばかりさ。絶世の美女とやらを見せてくれ。あの人のひときわまさった姿がさらに深く心に刻まれるだけのこと。忘れ方など、君に教えられるものか。
ベンボーリオR いいや、必ず伝授する。それをおいて死にはしない。
両人退場。
シェイクスピア ロミオとジュリエット 第一幕第一場